淡路会議声明 2016

2016年8月6日(土) 第17回アジア太平洋フォーラム・淡路会議

淡路会議は、21年前の阪神・淡路大震災からの復興事業の一つです。この地、夢舞台は、大阪湾に人工島を造成するために山を切り崩してできた土取り跡を、自然と人間の共生の場となる公園につくり変えて、そこを日本人と世界の人の交流・共生の場としたものです。夢舞台を造るというハードの復興がまず行われ、その中身、ソフトとして設立されたのが淡路会議です。かつて20世紀には、太平洋は熾烈な争いの場となりました。そのような歴史を21世紀に繰り返すことなく、太平洋を平和な交流と共生の場にしていくことを期するものです。

先ほど金澤副知事から、今は人材不足が非常に憂慮される時代であり、人材を生み出すべき大学についても、極めて厳しいという指摘がありました。しかし、実は格差が大きいのです。窪田先生が目をきらきらさせた学生とおっしゃいましたが、そのきらきらの中でも最先端の仕事をしているのが、われわれが表彰しているアジア太平洋研究賞の受賞者ではないかと思います。このたび四つの博士論文が顕彰 されましたが、どれも世界の現場を独自に調査してつくり上げた水準の高い研究でした。日本の大学が次世代の人材をつくり出すのはなかなか容易でない中で、そのような素晴らしい研究を顕彰するという事業をわれわれが実施してきたことを大変誇りに思います。やはり若い人が自らを国際水準にさらし、世界の競争の場に自らを投げ込むのが一番いいのかもしれません。それを進んで自らやっていた人がこのような良い博士論文を書き、日本人あるいは留学生としてここに来てくれるわけです。そのようなアジア太平洋研究賞という事業は大変意義のあるものだとあらためて思った次第です。

淡路会議の17年間は、思い返せば誠に苦難の時代、乱世に向かう世界の中での17年間でした。そのような乱世に向かう世界だからこそ、どこに突破口があるのか、TPPをてこに新しい地平を切り開くことはできないのか、AIIB等に見られる中国の動きはどうなのかといった関心をもって、今回は「TPPから始まる大競争時代のアジア太平洋」というテーマを掲げました。冷戦終結時には世界の経済超大国と言ってもいいほどの勢いで世界のGDPの15%を占有していた日本が、バブル崩壊後、「失われた10年」、「失われた20年」をかこつ流れの中でこの会議は始まったのですが、冷戦後は世界的に見ても平和な時代どころか、民族紛争や宗教紛争が頻発する荒れた世界になっていきました。ただ、その中で注目すべきことがあるとすれば、ウルグアイ・ラウンドがまとまって、1995年にWTOが設立されたことです。それまでは第2次産業関係の交易しかカバーできていなかったGATT(関税及び貿易に関する一般協定)が、サービスや農業を含めたコンプリヘンシブな国際的貿易制度に進んだわけです。秩序ががらがら崩れていく冷戦後にあって、これはむしろ強化の方向へ向かった局面であったと思います。

21世紀は安定に向かうという期待を無残に踏みにじったのが、9.11の同時多発テロでした。米国のイラク戦争、あるいはイラク占領統治の愚行ということがこの会議でも語られました。実際、イラク占領は日本占領と比べて大変荒っぽいもので、ブッシュ政権は軍事的に打倒さえすれば民主化が実現するという安易な思い込みで動きました。それに対し、第2次世界大戦中のアメリカは3年半かけて日本占領について丁寧な準備をしました。当初、アメリカ政府内では「日本に敗戦国としての責任を取らせる形で、天皇制を廃止し、官僚制を全廃すべし」という意見が非常に強かったのです。ところが、それは愚行であるという議論が出てきて、最終的に天皇制については終戦と改革にどんな役割を果たすか見きわめようと決定を先送りしました。官僚制についてはトップレベルの戦争指導者には責任を取らせるが、官僚の多くは中立的な技術の担い手であって、そのような人の助けなしにアメリカの軍政も占領統治も成功しないということで、大部分を残すことになりました。それがイラクの場合は違ったわけです。バアス党の官僚や軍人・警察官は皆サダム・フセインの暴政を助けたということで、全部パージしてしまいました。その結果、アメリカの軍政は手足を持たず、多くの人にフラストレーションを与え、できる人たちを敵に回すことになったのです。そして、その有能なのに機会を失った人たちが、今IS(イスラム国)に参加しているわけです。従って、イラク戦争そのものも問題でしたが、その占領統治の在り方がいかに大きな問題であったかということが分かると思います。

今、イスラム過激派が世界をまひさせています。それとともに中国の台頭がわれわれの直近の重大問題となっています。2008年、中国は北京オリンピックの成功で大変に自信を強めました。そして、リーマンショックでアメリカ、ヨーロッパ、日本が経済的に揺らいだとき、中国が4兆元の財政出動によって世界の景気を底支えしたわけです。アトラスの巨人のように世界経済を一手に持ち上げたわが中国と大きな自信と誇りをふくらませました。鴆小平の「韜光養晦(とうこうようかい)」の教え、つまりまだ力を十分に付けていないのに威張るのはやめなさい、謙虚に学びなさい、いさかいを避けなさいという教えを卒業するときが来たという主張が2009年頃から強くなり、2010年に尖閣諸島中国漁船衝突事件が起こりました。そして、2012年の習近平政権交代期に中国は非常に強硬になり、その後の南シナ海での行動へとつながっていきます。つまり、オリンピックの成功とリーマンショック後の目覚ましい役割が中国に過度なまでの自信を持たせ、それがかなり乱暴で一方的な行動を生み出している面があるかと思います。

このように、世界ではIS等のイスラム過激派と中国の台頭の二つ大きな問題があるわけですが、今回の会議では、一方で中国の台頭、他方で秩序側であるアメリカを中心とした先進諸国が試みようとしているTPPをテーマとして取り上げました。

まず、中国の台頭にいかに対処するか。そのためには宮本先生が語られたように、中国が世界の中でどのような国になるのか、どのような役割を果たすのかを中国自身と共に考えるグループが生まれなければいけません。中国の安全保障上の露骨な行動を抑え、ここの壁だけは超えては駄目だとはっきりさせる必要があります。例えば今、南シナ海の多くの島を埋め立てて軍事施設を造るという中国の活動は、これまで南への一本線だったのが、スカボロ環礁というバシー海峡を望むところを基地化するに至れば、ほぼ南シナ海の全域支配を構築することになります。それに対するアメリカのそれだけは許さないというメッセージを中国がどう扱うか、微妙な瞬間を迎えているのだと思います。中国が「私の方が強い力をもって壁を打ち破れるのだ」という行動を取るか、やはりまだまだ世界との協調の中でしか中国の発展は望めないと判断するか、それが問題となっているわけです。

冷戦終結後の四半世紀の間に、中国の軍事・国防費は40倍になっているのです。そして、力をもって打ち破れるという思いの高ぶりが、時期を経て強まっています。それを抑えられるのは、実はアメリカの力だけです。従って、アメリカの力を生かすとともに、国際的な連携をもって、そのような振る舞いが誰のためにもならないことを中国に分かってもらわなければいけません。フィリピン、ベトナムが声を上げるだけではなく、ASEAN、ARF(ASEAN地域フォーラム)で連携して対処する必要があります。東南アジアは中小国の集まりですから、一国で中国に立ち向かうことはできません。日本一国でも難しいのです。その意味では、先般の伊勢志摩サミットで、中国に対して国際法の順守を説き、南シナ海での力による現状変更は良くないということを、アメリカ、ヨーロッパを含め全ての国と合意して発表できたことはよかったと思います。

国際仲裁裁判所の判定も出ましたが、中国はそれにも簡単に納得していません。宮本先生は「二つの大戦を自らのものとして経験していない中国」と指摘されました。ヨーロッパ諸国と米国は両大戦の経験から国連憲章をつくり、力による紛争解決は避けるということをうたいました。さらに、ブレトン・ウッズ会議でのGATT、IMF(国際通貨基金)、世界銀行に象徴される自由貿易のシステムが第二次大戦末期に用意されました。資源・市場を持たないドイツや日本が第二次世界大戦に向かったときのロジックは、「持たざる者の正義」です。既成大国は植民地を抱え込んで勢力圏を確保しているのに対して、ドイツや日本は力も意欲もあるのに資源も市場も与えられない。ならば力をもって切り開く他ないという「持たざる者の正義」を振りかざして突進しました。それは米英の返り討ちに会ったわけですが、もしシステムがこのままならば、将来必ず第二のドイツや日本が現れるに違いない。そこで、資源や市場がなくても経済的にやっていける自由貿易システムをブレトン・ウッズ会議で準備したことは、非常に立派だったと思います。力を行使して領土や資源を奪ってはいけないというだけでなく、交易によってそれを手に入れることができるような制度をつくったのです。中国にはこのことを分かってもらわなければいけません。

今、中国では30年に余る高度経済成長の時代は終わって、安定成長の時代に移行しつつあります。ただ、日本の例で言えば、1960年代の高度成長の時代は、神風タクシー風に何でもばく進したけれども、公害など感心できないものも多かったわけです。それに対して1980年代の安定成長の時代の方が公害を抑え、途上国へのODA(政府開発援助)も充実させて、実りのある安定成長期を持ち得ました。中国もそのように移行していくことが期待されますが、今のところ中国はそう動いてはいないようです。世界の金融ルールはその経済規模に応じて権限を持つことになっているにもかかわらず、中国はこれほど大きな経済力を有しながらIMFなどで相応の扱いがされていないという不満を持ちました。そこでAIIBを設立して自由にやろうとしたのかもしれませんが、つくった以上は国際金融機関としてのルールに沿って、国際基準に従って動かざるを得ないわけです。

世界全体の開発のための資金は全然足りないわけですが、それに対してAIIBはそれなりにポジティブな、プロアクティブな役割を果たします。ヨーロッパの国もたくさん入っている、日本やアメリカも加わってもいいのではないかという意見もありました。「一帯一路」の方はまだまだ不分明で何とも言えませんが、中央アジアから中東はまさにイスラム過激派が荒れ狂っている地域です。そのような地域へのてこ入れを世界はさぼり過ぎているのではないか。中国がそれをやるのであれば、「ご苦労さん。うまくいくといいですね」ぐらいの姿勢を取ってもいいのではないか。その意味で、日本はまだAIIBに入る、入らないという問題ではありませんが、AIIBが世界の一角をケアするというのは乱世の中でそれなりに評価してもいいのではないかと言えます。アメリカも遠からずAIIBへの関与を始めるのではないかと思います。日本も中国が主催するものを突き放すだけでなく、関与を持ってしかるべきではないかという議論がされたことは、よかったと思っています。

それから、このたび中国問題に劣らず大きな議論の軸になったのはリベラル・エコノミーの強化です。1990年代にWTOをつくったのはよかったけれども、さらにTPPをつくることで大きな秩序強化に向かえるのではないかという期待があります。杉原先生のお話にあったように、アジア間貿易と遠隔貿易という二つの枠組み、つまり、アジアの中で築かれてきた内在的な経済ネットワークと、欧米産の国際的貿易システムのかみ合わせの中で、アジアは大きな発展を遂げてきました。TPPは、ベトナムは取り込みながらも中国は外しており、アジア間貿易に大きな亀裂をつくるという政治的意味合いがないわけではありません。しかし、歴史的に考えてみれば、アジアは数え切れないくらいのネットワークが、重層的な地域システムを成しています。その一つとしてTPPが存在することは、それがどれほどの影響を与えるかは必ずしもよく分かりませんが、アジア間貿易の進展を妨げるのではなく、むしろその一つの軸として機能すると考えた方がいいのではないかと思います。

冷戦後半世紀、荒れに荒れる世界を立て直すために、やはりTPPはしっかりと実らせる必要があります。林先生がご指摘されたように、オバマ政権末期のレームダックセッションでそれが実現できればいいのですが、それが無理でも、幸いにもトランプの勝算はそう大きくはありませんから、ヒラリー・クリントンが継ぐとすれば、何とか国際経済の重要なプラットフォーム、また、リベラル・デモクラシーの土台としてTPPが機能を果たすことを期待したいと思います。アメリカも国内格差の拡大等の苦しい問題がいろいろあるにせよ、やはり大きく見て世界経済の主要部分の活性化を遂げることしか良き答えはあり得ないので、アメリカにはぜひ踏みとどまってもらいたいものです。そして、日本はその背を押すためにも、11月8日までにTPP法案の衆議院通過を済ませておくことが望ましいというのは、大変重要なご指摘だと思います。2年後の2018年の段階で、アメリカや日本を含む12カ国のうち6カ国以上が批准すれば、TPPは発効します。日本の競争力のある産業、農業の発展にとって大きな土台となることを期待したいと思います。

基調提案では、競争力ある産業ということで、表層の競争力と深層の競争力という中沢先生のお話がありました。見えない工程のイノベーションの重要性、世界の商品・製品はどこ産であっても、その中身は日本製の部品が大きく支えているというご指摘がありました。また、攻めの農業というのはTPPにおける重要なモチーフですが、農産品の輸出にさらに拍車をかけ、食の安全と地球環境保全を考えた自然栽培でリンゴづくりをされている木村さんからは、化学肥料・農薬・除草剤を使わない自然栽培による農業革命をブランドにしていくという興味深い提案がなされました。FTAによって自由貿易のカバー率が22.3%から37.2%まで伸びることが期待されます。「食と農の景勝地」という外国顧客を引き寄せる戦略も非常に興味深いものでした。

現在はグローバリゼーションに対するアイデンティティ・ポリティクスが荒れ狂う乱世ですが、秩序維持の中心国が乱れを収めて頑張るのを日本がしっかり支えていくことができれば、日本と世界の先行きは、少しはしのげるものになります。それは同時に、人口減少に向かう日本の活力を高めます。人口減少は人材を減らし、労働力を減らし、消費者を減らすという三重苦をもたらすことが語られました。それに対して日本は移民を多く受け入れて対処すればよいかというと、これがいかに容易でないかはヨーロッパの例からもよく分かります。外国人労働者の導入もいま一つ進まない中で、第1分科会では各分野で就労ビザを増やすことでゲスト労働者を広げるという提案がなされました。

日本社会の在り方についても、第2分科会、第3分科会を中心に活発な議論が行われました。多様性を生かすマネジメント、グローバル化時代、多文化時代の世界に生きるためのダイバーシティをそのまま包摂する社会の在り方が強調されました。また、大人も学び直せる社会の提案、ルールメーキングの練習を教育の中でという塩瀬先生のお話も興味深く聞かせていただきました。

また、日本が大変苦しいというお話に対して、逆に課題先進国としての新しいビジネスモデルに転ずることができるというご指摘がありました。高齢化社会や原発等の課題を日本が先陣を切って対処することで、それが世界でのビジネスチャンスにつながっていくという議論です。

世界のリベラル・デモクラシー、あるいはリベラル・エコノミーの原則に立ってTPPを仕上げるというのがわれわれの基本的な立場ですが、実はリベラル・エコノミーといっても一つではありません。
1960年代のアメリカの「偉大な社会」の繁栄は社会の公平化と再分配に熱心でした。それに対して1980年代のレーガン、サッチャーの時代における繁栄は新自由主義の立場に立ち、さまざまな調整や富の再配分ではなく、規制緩和によって力のあるものをどんどん走らせることで、それがやがて均てんして社会は繁栄するという考え方を採りました。つまり、あまり弱者のケアをしないという原理に立ったわけです。そして、その勢いの下で冷戦を勝利のうちに終結させ、その後のグローバリゼーションは公正さや再配分にお構いなしに、やれるものがどんどんやればいいということで突き進んできた結果、その跳ね返りとして富の格差はかつてなく拡がり、アメリカ自身が苦しんでいる。そして世界ではIS的な「社会は不条理である」「世界は不正義である」という憤りをもって命を捨てる攻撃を辞さない集団が生まれています。

そのようなことを考えたとき、これから求められるのはコンパッショネートエコノミーというか、自由経済だけれども配慮があり、全体が成り立つような、長い目で見てサステイナブルな経済システムの在り方であると思い至るわけです。井植代表がおっしゃったように、国際金融のルール化といっても完全に縛ることはできません。しかしながら、為替をだしにしてもうけまくるような投機的な活動は絶えず生産者を苦しめ、世界の経済全体を蝕んでいます。三重野先生からコメントがありましたが、これは今回論じ切ることができない、ある意味で大き過ぎるテーマであり、またいつか設定しなければいけないのではないかと思いました。

ともあれ、この乱世をいかに抜けるかというと、一つには日本社会・経済自身をしっかり立て直すということが挙げられます。アベノミクスは確かに20年のデフレ・スパイラルという長い苦しみから、もう一度やり直すという気風を取り戻し、それによって株価も上がりました。しかし、これを持続してさらに先に進めようとするならば、この会議で2日間討議されたようなさまざまなことを踏まえた持続的成長への前進が必要だろうと思われます。また、国防・安全保障は特に乱世において重要な課題であり、日本の周辺で大きな挑戦があります。世界の秩序、安全保障を支えるためにも、台頭する国に力による現状変更をさせないような国際的な努力と連携がなくてはなりません。そして、日本経済再生のプラットフォーム、リベラル・デモクラシーの土台として、TPPのようなものをしっかりと強化していく必要があります。アメリカの大統領選挙はイギリスの国民投票の失敗を繰り返さず、踏み留まることができるでしょうか。ここで提案されたようなさまざまな努力が生きるか否か、世界は今、岐路に立っていると思われます。

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