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HATコラム

兵庫県立大学政策科学研究所 加藤恵正

1952年生まれ
神戸商科大学(現兵庫県立大学)大学院経済学研究科修了
経済学博士
兵庫県立大学教授 政策科学研究所長
(公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構研究調査本部上級研究員

1.変化を続ける大阪湾ベイリア
21世紀に入って、大阪湾ベイエリアは大きく変化を遂げた。衰退の代名詞でもあったベイエリアは、今ではパネルベイとして急速かつダイナミックな再生を遂げつつある。
かつて、大阪湾ベイエリアに象徴されるブランチ・プラント(分工場)経済の弱点は、企業の中枢や研究開発機能が弱く、近隣地元企業との取引連鎖も必ずしも大きくないところにあった。結果として、技術革新の進化、製品の短サイクル化、あるいはグローバルな生産システムの再編は、大阪湾ベイエリアをラスト・ベルト(古い産業地域)へと追い込んだのである。情報化の急進と連動した広義の知識経済化への対応の遅れが、地域経済システムのロックイン()を招いたともいえよう。

現在、多くの企業がベイエリアに立地し、一見、かつての衰退の雰囲気はない。しかし、変化は忍び寄っている。2010年9月、アサヒビールは西宮工場でのビールの生産を終了し、吹田工場に機能集約することを発表した。ほぼ同時期に、森永製菓は尼崎市塚口工場を閉鎖。さらに、雪印メグミルクは関西チーズ工場(伊丹市)を閉鎖、2013年開設予定の茨城県阿見の新工場に生産を移管する予定である。また、伊藤ハムも神戸の2工場を閉鎖し集約の予定という。

変化はこうした製造拠点に限っていない。やや旧聞に属するが、武田薬品工業の研究所は、大阪府の大きな立地インセンティブ供与の申し出にもかかわらず、神奈川県に集約することを決定している。「経営環境の20-30年先まで考慮したした結果、関東に研究拠点を置くことを選択」したと報じられた。さらに、神戸市六甲アイランドに拠点を置くP&Gは、2009年にアジア本社をシンガポールに移転している。同社はシンガポールにおいて、経営・企画を行うと同時に生命科学やバイオテクノロジー展開のためのイノベーション・センターを設立予定という。大阪湾ベイエリアから「知識創造」の拠点が流出しているのだ。

パネルベイ興隆の背後に潜む変化は、大阪湾ベイエリアがもともと有していた地域経済構造の課題をなお克服できていないことを示唆している。

2.ラスト・ベルトの呪縛:「負」のロックイン構造
ラスト・ベルト再生は、先発工業国共通の悩みである。旧阪神工業地帯を核心とする大阪湾ベイエリアは、わが国においてもっとも早くラスト・ベルト化した産業地域といってよい。1970年代から世界的に顕在化した地域経済の衰退は、これまでの研究から地域によってその組み合わせは異なるが、複数の“負のロックイン”が絡まってその再生を妨げていることが明らかになっている。

大阪湾ベイエリアでは、以下の3つの負のロックイン構造が存在している。第一は、「機能的ロックイン」である。大阪湾ベイエリアの歴史は、ブランチ・プラント型経済形成の過程であった。ブランチ・プラント型経済とは、中枢管理部門や研究開発機能を持たず、企業の製造拠点として位置づけられた工場群が形成する産業空間を指している。一般に、地元企業との連関性は少なく、技術の移転も期待できないことが多い。世界的な生産システムの再編が急速に進行する過程において、常に移転・消滅の変化に直面している。現在、興隆する大規模事業所群はパネルベイとして一躍衰退地域を成長地域へとイメージの転換を促したが、ブランチ・プラント経済の陥穽から逃れられているのだろうか。急進する知識経済への潮流のなかで、企業の経済活動と地域経済の関係再構築は喫緊の課題である。

第二は、空間的ロックインである。地域経済の進化は、これを支えるインフラストラクチャーの再編と呼応しているといって過言ではない。工業化を支えたインフラは、地域経済の変化・再生の過程で大胆な見直しが必要である。たとえば、それは臨海部の産業地域と都市部を隔ててきた産業用道路もそのひとつだ。都市経済がツーリズムなど集客型への指向を強めており、親水空間としてのウォータ・フロントへの転換は喫緊の課題と言わなければならない。創造都市に求められるインフラの再構築が必要である。

第三は、制度的ロックインである。1980年代にその兆候がみえたインナーシティ衰退や臨海部のラスト・ベルト化は、しかし、政府の分散政策への固執によって政策が講じられることはなかった。わが国の国土計画は、一連の全国総合開発計画がその根幹となってきた。しかし、実際には市場の変化に遅れ現実の動きに追随する形で政策形成されており、80年代に顕在化していたグローバル化や情報化の潮流にもかかわらず「国土の均衡利用」という硬直化した国家的枠組みに固執し多くの点で失敗を繰り返したといってよい。
たとえば、大都市集中抑制のための工場(業)等制限法は、大阪湾ベイエリアの自立的再生を妨げた象徴的制度であった。計画や政策が地域のポテンシャルを毀損し、本来有していたであろう地域のダイナミズムを消失させたのである。実際、同法が廃止されて以降、薄型パネル生産の拠点としてベイエリアは発展を開始したのである。大阪湾ベイエリアの将来を見据えたとき、陳腐化した制度や仕組みがイノベーティブな地域形成を窒息させることはないだろうか。

こうした、3つの「負のロックイン」は、実際には相互に強くかつ複雑に結びつきながら、大阪湾ベイエリアの再生のポテンシャルを抑え込み、その進化のメカニズムを分断してきたといってよい。
それでは、こうした「ラスト・ベルト」の呪縛から離脱し展望を開くにはどのような手立てがあるのだろうか。

3.パネル・ベイからブレイン・ベイへ
関西圏域固有の知識創造を促すためには、ひとつには圏域内の多様な資源を編集することが必要である。メガ・リージョンにおける対面接触の利点をいかしつつ、これまで気づかなかった関係性を構築していくことが必要だろう。形式的なネットワークをこえ、より実質的な連携を示唆するコーディネーション、さらには部分的な融合をも意味するコラボレーションを、たとえば大学・研究機関を含む企業間で形成していくことは喫緊の課題である。地域内ボンディングである。いうまでもなく、こうした関係性は現在では即時に世界と結びついている。必要なことは、空港及びここに通じる道路・鉄道などシームレスな形で対面接触が可能となるインフラを整備しておくことである。知識経済下での世界都市はそのストックではなく、人の移動に象徴されるフローにある。
世界のメガ・リージョンと連動し競争するというブリッジングの基盤が必要だ。

)かつての成功体験や既得権益への固執によって、制度や仕組みの抜本的改革が遅れ地域経済の硬直化・ダイナミズムの消失が顕在化している状況。