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HATコラム

副理事長兼兵庫県こころのケアセンター長 山口直彦

1939年生まれ
神戸大学大学院医学研究科博士課程修了 医学博士
県立光風病院名誉院長
元甲南大学文学部教授
(公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構副理事長兼兵庫県こころのケアセンター長

私が精神科医として駆け出したのは、昭和40年台の初頭のことです。当時の精神科医療現場では、悲観的な治療論が支配しておりました。そして、今とはちがって、精神科医は暇でした。そのころ、看護学校で講義していた先輩から「講義を受けると、学生の患者に対する偏見が強くなる」と聴きました。当時の精神医学の教科書は、患者に貼り付けるレッテルの列挙でした。

その頃、ある精神科病院で、珍しく明るく熱意にあふれた看護師と出会いました。彼女は「先生、精神分裂病(今は統合失調症と改名されました)って治るのですね」と目を輝かせて、私に語ってくれました。そのあまりに素朴な感動に、私も感動しました。彼女は、病棟で明るい雰囲気を持ち続けた人でありました。

当時、英国の精神科専門雑誌(雑誌名や年号は覚えていません)の報告に感動したことを思い出します。施設やスタッフが同じレベルの二つの精神科病院で、治癒率に大きな差がありました。その理由を知るために各種の要素を推計学的に比較しました。その結果、唯一の差は、看護師の疾病予後感でした。看護師の多くが精神の病は治ると思っていた病院の患者がよく治ったのです。つまり、治療する人の楽観的対応が良き予後と相関していたのです。もちろん、科学としての目で見れば、昨今の目覚ましい治療法の進歩があっても、病の予後は決して楽観できるものではありません。あまりにも楽観的な見方は、重大な危機を見逃すのでないかという当然の反論があるでしょう。そのことは十分に承知したうえでの、つまり悲観論を乗り越えた楽観論です。私はこれを「治療的楽観論」と呼んでおります。患者さん、周囲の人たち、治療者などがそれぞれの立場で「今は大変だけど、そのうち何とかなるさ」という気持ちになることが、 大きな治療パワーとなるのです。 楽観的な視点が、自己実現予言となるのでしょう。

私は長く統合失調(数年前までは精神分裂病)と診断された人たちに関わってきました。私と同じく年齢を重ねた患者さんが、今も何人かは私の外来に通院してくれています。彼、あるいは彼女らに共通の特性があります。 それを列挙しましょう。

まずは、損得勘定ができない、裏表がなさすぎる、好き嫌いの感情を隠すことができない、言ってはまずいことを言ってしまう、とことん人を信用してしまう、手を抜くことができない、などなど。一言で言うと、「何かしら一途」である。

若いころには彼らも、無理に節を折って、何とか世間に合わせようと苦労をしたであろう。しかし、それが挫折で終わることも多くあったであろう。しかし、老いは万人に平等にやってくる。歳を重ねる長い時間の中で、多くの問題はどうでもよくなった、そして今、彼らがいる。

持ち味の一途さはそのままで、何か突き抜けた潔さがある。人との付き合いはその場その時だけである。しかし、相手をホッとさせる余韻を残してくれる。ご本人はそれを意識していない。

「こういう人が存在しうるのだ。世の中も捨てたものではない」という気分にしてくれる。治療者も周囲の人たちも癒され、 心が広くなる。