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HATコラム

家族を形成できる自由の保障

研究調査本部研究統括 野々山 久也

研究調査本部研究統括 野々山 久也

1942年生まれ
大阪市立大学大学院生活科学研究科修士課程修了
博士(社会学)
甲南大学名誉教授
(公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構研究調査本部研究統括

家族を形成できる自由の保障(家族形成の権利)は、現代的には基本的人権である。それは健康で文化的な最低限度の生活の保障を意味し、「結婚できる自由」と「産育できる自由」の保障を意味している。ここでは、そのことを論じていくつもりであるが、そのまえにこの間、日本を席巻してきたフェミニストたち、すなわち反近代家族主義者たちの主張が極めて「限界のある主張」になってしまっている現実から論じてみたい。

日本の反近代家族主義者たちは、戦前の家父長制にもとづく直系制家族だけでなく戦後の夫婦制家族をも含めて、これまで固定的な性別役割分業を前提にした男性中心の「家族のあり方」を全面的に批判することによって近代家族の打倒や近代家族からの止揚を主張してきた。しかしその主張が可能であったのは、それなりに一定の条件ないし前提が存在していたからである。その前提とは、とりあえず2つを挙げれば、当時は、まず第1に「皆婚時代」であったこと、第2に「専業主婦」であることが可能であったことである。

フェミニストたちの主張が盛んになっていった当時は、日本が高度経済成長を果たすころであり、ほとんどの男性も女性も結婚し、家族を形成することができた時代であった。生涯未婚率は極めて低い比率であり、出生率も極めて高い比率であった。健康で文化的な最低限度の生活(生存権保障)のうちに家族を形成する権利などという観念さえ思い浮かばない時代であった。加えて、第2次産業および第3次産業の急速な進展によって「家族のあり方」として夫(父)たちが家庭外で就労し、妻(母)たちが専業主婦であることのできた時代でもあった。

しかしながら、今日(2005年資料)の未婚率は、25~29歳の男性では71.4%、30~34歳では47.1%、そして25~29歳の女性では59.0%、30~34歳では32.0%という比率である。1970年ころには生涯未婚率(50歳時の未婚率のこと)は、男性では1.7%ほどで、女性では3.3%ほどであった。推計では今後、生涯未婚率は2030年には男性で29.5%、女性で22.5%という比率になると予測されている。さらに結婚できないだけでなく、結婚できても妻が専業主婦として男性の収入だけで生活できる夫婦は、極端に減少してきている。35~39歳で年収300万円以下の有配偶男性の比率は51.2%、40~44歳では57.3%である(2010年資料)。正規雇用か非正規雇用かは別にして夫婦共働きでなければ、多くの夫婦がこれまで当たり前と思われてきた家族形成など不可能になってきている。

家族を形成することさえできない現実を目の当たりにしたとき、家族から解放されたいという主張が何と羨ましい時代拘束的な主張であったことかを悟ることになる。もちろん、ここでは結婚したくない人びとや子どもを持ちたくない人びとの自由を否定したり、あるいは非婚子の人権を無視したりしてはならない。しかし事実として、それらを含めて多くの人びとは結婚したいと望んでおり、かつ子どもを持ちたいと願っている。それは単なる個人的願望(wants)ではなく、まさに社会的な基本的生活ニーズ(needs)なのである。

憲法第25条では、その第1項において「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定している。ここでの文化的生活とは、それが最新の家庭電化製品や自家用車などの所有であった「かつての生活ニーズ」と同一のものではない。今日的には、もっと切実な基本的生活ニーズである結婚生活の維持であり、かつ家族生活の維持である。もちろん結婚ができないのは、また家族を形成できないのは、社会の責任ではなく個人の責任であるとも言えなくもない。しかし結婚し家族を形成しようとしても、それが叶わない理由が個人の責任であるとして放置しておいて問題が解決する見通しは、極めて小さい。

ただし、そのとき、人びとの夫婦ライフスタイルや家族ライフスタイルに関しては、各自の主体的な選択(権)の保障こそが重要であって、第三者が価値判断して方向づけることでは決してない。今日ほど多様な家族ライフスタイルの選択の保障としての家族形成の自由の保障が求められている時代はないと言ってよい。このことが少子化の問題をはじめ、未婚化や晩婚化の問題への対応の要であることを改めて強調しておきたい。