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HATコラム

子どものトラウマケアの重要性

兵庫県こころのケアセンター副センター長 亀岡 智美

兵庫県こころのケアセンター副センター長 亀岡 智美

和歌山県立医科大学卒業
日本児童青年精神医学会認定医
兵庫県こころのケアセンター副センター長・研究部長

4月から兵庫県こころのケアセンターに勤務していま す。児童青年期の精神医学を専門として、これまで、自治体 精神科病院の児童精神科部門や精神保健福祉センターで仕 事をしてきましたが、私たちの領域においても、子ども期の トラウマ(心的外傷)を巡るさまざまな問題は、避けて通れ ない課題となっています。

今回の東日本大震災のような自然災害、さまざまな事故、 犯罪、虐待などの被害を受ける子どもたちや、大切な人やも のを喪失するというような体験をして心に傷を負う子ど もたちは、以前考えられていた以上に多いことが分ってい ます。例えば、米国ノースカロライナ州で実施された Great Smoky Mountains Studyでは、9歳、11歳、13歳でリクルー トされた男子790人、女子630人とその両親が、16歳までの 毎年評価を受けたところ、約7割の子どもが16歳までに1つ 以上トラウマの原因となるような出来事を体験していまし た。考えてみれば、子どもには身体の怪我(外傷)がつきもの である、と言っても過言ではないでしょうから、心の傷が同 様であっても不思議ではありません。

もちろん、このような体験をした子どもの全てが病理的 になるわけではなく、同調査では、何らかの心的外傷症状を 示した子どもは1割強でした。しかし、何らかの症状を示す 子どもは、その後の人生においてさらにトラウマに曝露さ れるリスクが高く、曝露回数が増えるに従って、PTSD(心的 外傷後ストレス障害Posttraumatic stress disorder)のみな らず、さまざまなタイプの精神疾患のリスクが高くなると いわれています。また、身体健康や社会生活機能にも悪影響 を及ぼすということが知られています。

一方、全米の疫学調査では、性的マイノリティや身体障害 児、低体重出生児、養育機能の低い家庭の子ども、過去にト ラウマ体験のある子どもや精神健康不全を有する子どもな どは、トラウマを体験するリスクが高いといわれています。 すなわち、保護機能の弱い環境に置かれた子どもは、トラウ マに対して脆弱であり、いったん心の傷の回復が阻害され ると、その後も度重なるトラウマを体験し、成人期における 心身の健康や社会生活機能をも損なうという悪循環に陥る わけです。それだけに、子どものトラウマを適切にケアする ことは、子どものメンタルヘルスのみならず、成人期におけ る精神疾患予防の観点からも、非常に重要なことであると 考えられます。

子どものトラウマをケアするにあたって、成人とは異な る点がいくつかあります。1つ目は、子どもが周囲の大人に 依存した存在であるがゆえに、子どもの年齢が低いほど周 囲の大人、特に保護者の態度に大きく影響されるという点 です。かなりひどい体験をしたとしても、保護者がしっかり と守り、安心させることができれば、順調に回復していく可 能性が高いと考えられます。逆に、保護者が混乱したり、子 どもの状態を無視、あるいは拒否するなどした場合、子ども は先述のような悪循環に陥る可能性が高くなります。それ だけに、子どものトラウマケアにおいての保護者の支援は 非常に重要な要素になります。

2つ目に、子どもは発達途中にあるために、言語表出能力 や内なる感情に自ら気づく力が未成熟である点が挙げられ ます。ショッキングな出来事を体験し、「恐怖」「不安」「怒り」 「抑うつ」などの感情が表出されることは当然のことです が、子どもの場合、これらの感情が行動上の問題として外在 化されることが多く認められます。例えば、赤ちゃん返り、 分離不安、多動・注意集中困難、衝動性の亢進、かんしゃく、 自殺企図を含む自傷行為などです。さらに、子どもは、乳児 期、幼児期、児童期、青年期と幅広い発達段階の中で、各年齢 層によってトラウマに対する反応の仕方も異なります。同 じ子どもでも、年齢とともに状態像が移り変わることもま れではありません。このような複雑で幅広い病態は、起源と なるトラウマ体験から時間的に隔たってしまうと、専門家 であっても、子どもの生来の問題や不適切な子育てに起因 する問題と区別できなくなる場合もあります。

だからこそ、東日本大震災で被災した多くの子どもたち への今後の息の長い支援と見守りが望まれます。