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HATコラム

合意形成を疎かにした復興はありえない

室﨑 益輝(副理事長兼研究調査本部長)

副理事長兼研究調査本部長 室﨑 益輝

1944年生まれ
京都大学大学院工学研究科修士課程修了。工学博士
ひょうごボランタリープラザ所長
兵庫県立大学特任教授・神戸大学名誉教授
(公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構 副理事長兼研究調査本部長

東北の被災地に行くと、行政からも被災者からも異口同音に「復興に時間がない」とか「復興を急ぐべきだ」という声を聞く。行政側は、復興予算の執行期限があるので、その期限内に事業を進めたいという思惑で「時間がない」という。被災者は、復興の遅れが原因の人口流出が後を絶たないため、地域崩壊の危機を避けたいという心情で、「時間がない」と言っている。確かに、被災者の生活再建を迅速に図ることは復興の基本命題であるので、「一日も早く」という感覚で復興に取り組むことが欠かせない。

とはいうものの、「急がば回れ」という言葉もある。「拙速要諦」という言葉もある。ただ単に急ぐだけでは駄目だということを、こうした言葉は教えてくれている。急ぐにしても、大切なプロセスやポイントを外さないようにしなければならない、ということである。予算の執行をむやみに急ぐと、地価の高騰などの無駄遣いにつながる。復興のプロセスをむやみに急ぐと、被災者相互の対立を助長することになる。

ところで私は、東北の被災地の復興は「汚れたキャンバスに絵を描き直すこと」に等しい、と考えている。キャンバスの汚れを取り除くのは急がなければならないが、汚れの取れた白いキャンバスに絵を描くのは急ぐ必要はない。それと同じように、がれきの撤去は急がないといけないが、まちづくりは百年の計で急ぐ必要はない。しっかり構想を練って名画を描くように、しっかり合意形成を図ってわがまちを創出しなければならないのである。つまり、急ぐべきがれき撤去を急がず、急いでならない合意形成を急いでいる、といってよい。

このスピード感に関わって、「総論は早く、各論はゆっくりと」という原則がある。この原則は、1989年のサンフランシスコ地震の際の復興で提起された。そこで確認されたことは、復興の基本構想は、住民が全員参加で集中的に議論をして急いで決める。その一方で、個別の事業計画は、住民の合意と納得が得られるまで急がず決める、というものであった。この原則に照らしても、今回の復興では、基本構想の策定がさまざまな理由で著しく遅れ、その遅れを取り戻そうとして事業計画の策定をむやみに急ぐ状況にある。これまた「急ぐべき時に急がず、急いでならない時に急ぐ」という復興のスピードについての二重の過ちを犯しているのだ。

ここで私が問題にしたいのは、時間がないということを口実に被災者の声を聞くプロセスを省略してしまう「誤った傾向」が、横行しつつあることである。被災地外に避難した人の声を聞くのは大変だし、意見のまったく異なる人の合意を図ることが大変なのは、よく分かる。だからといって、多数者の意見を押し付けてよい、地域から離れた人の声を聞かないでよい、ということにならない。そこで、時間をかけず無理を通そうとすれば、コミュニティはズタズタに切り裂かれてしまう。

内外の過去の復興の経験は、合意形成のプロセスあるいは説得と納得のプロセスがなければ結果として復興は大幅に遅れてしまう、また結果として不本意な復興の形になることを教えてくれている。一例を挙げておこう。20年前の奥尻島の津波災害からの復興では、今回の被災地と同様に、高台移転か現地再建かで集落を二分する論議を呼んでいる。にもかかわらず、結果的には約3年というスピードで復興を成し遂げている。それには、被災者が立場を超えて相互に語り合ったこと、それに加えて町の職員が被災者を一戸一戸訪問して意見を聴取したことが大きい。これこそ急がば回れで、合意形成に時間をかけたことが結果として早い復興の実現につながっている。奥尻島の復興で学ぶべきことは、部分移転という結果ではなく、それを実現したプロセスなのである。

ということで、東北の被災地では今からでも遅くはないので、合意形成のシステムをしっかりつくり上げるよう努力しなければならない。迷路に入り込んだまま、いくらもがいてもゴールには辿り着かない。迷路から脱出するには、もう一度スタート地点というか原点に戻るしかない。そのためには、県外に移転した人も含め被災者全員の気持ちを確かめること、住民と行政の間の信頼関係を心を通わせて取り戻すこと、住民合意や相互信頼を勝ち取るための媒介システムをつくりあげることが欠かせない。

最後の媒介システムについて言うと、阪神・淡路大震災での「復興まちづくり協議会」「被災者復興支援会議」「復興まちづくり支援ネットワーク」などの経験を、東北の被災地にしっかりと伝える努力をしなければならないと思う。正しく教訓を伝えることが、先輩格としての被災地「ひょうご」に求められている。