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HATコラム

子どもの心的外傷の応急手当

兵庫県こころのケアセンター 副センター長兼研究部長 亀岡 智美

和歌山県立医科大学卒業
日本児童青年精神医学会認定医
兵庫県こころのケアセンター副センター長兼研究部長

最近のさまざまな調査によると、子どもが何らかの心的外傷(トラウマ・こころの傷)を体験する頻度は決して少ないものではないことが判明しています。それだけに、子どものこころの傷の手当ては、公衆衛生上の課題であると言っても過言ではありません。

ここで、子どもの身体外傷の場合を考えてみましょう。子どもの身体外傷の最も重篤な結果は、子どもの事故死という形で表面化します。厚生労働省の人口動態死因統計によると、不慮の事故による子どもの死亡は、ここ数十年子どもの死因の上位を占めています。国立保健医療科学院の田中らは、この死亡数を基に、死亡に至らない事故の頻度を推定し、毎日膨大な数の子どもの事故が発生していると推測しています。そして、子どもの事故防止と、事故が発生した場合の応急手当の重要性を強調しています。実際、日常生活の中で、子どもの切り傷や擦り傷・骨折・やけどなど、子どもの事故による身体外傷に遭遇したことのある人は多いことでしょう。その場合、切り傷なら止血する、骨折なら動かさないように固定する、やけどなら冷やすなど、簡単な応急手当の方法は私たちにとってもなじみのあるものです。

それでは、心的外傷の場合はどうでしょうか?言うまでもありませんが、こころの傷は身体外傷のように目で見ることはできません。さらに、心的外傷を体験した子どもは、あまりの恐怖のために混乱して、傷の痛みを感じることができないかもしれません。また、自分には何の落ち度もないにもかかわらず、「私のせいでこんなひどいことが起きた」と自責感や恥の感情を抱いているかもしれません。このような場合、子どもたちは自ら傷の痛みを訴えたり、誰かに助けを求めたりすることが困難になります。従って、子どもの心的外傷は、被害を受けた子ども本人にとっても、周囲の人にとっても、捉え難いものであるといえます。身体外傷にしろ心的外傷にしろ、手当てがよければ回復しやすいのは当然です。しかし、残念ながら、子どもの心的外傷の「応急手当」の方法が、広く知られているとは言い難いというのが現状です。

心的外傷に対する「応急手当」の最も重要な要素は、心理教育です。心理教育は、心的外傷を体験した子どもと保護者に対して、正しい知識や情報を伝え、心的外傷によってもたらされるさまざまな問題に対処できる力を育むことによって、子どもの主体的な回復力を支えることを意味します。すなわち、「こころの免疫力」を高めるために不可欠な要素です。心理教育で伝えるべきことは、①心的外傷体験とはどういうできごとかということ、②心的外傷は特別な子どもだけが体験するのではなく、残念だけれども多くの子どもたちが体験するということ、③罪責感や無力感、孤立無援感や恥の感情なども含めさまざまな反応が起こり得ること、④どのような反応が起きてもそれは「ひどい体験をした後には誰にでも起こる自然な反応」であることなどです。トラウマ反応への理解を深めることで、子どもはさまざまな反応と心理的距離を保つことができるようになります(反応の外在化)。また、さまざまな反応は、当然の自然な反応であることを知る(ノーマライゼーション)ことは、子どもの安心感を強化します。

身体外傷にしろ心的外傷にしろ、ケアのためには傷の程度を適切に評価することが大切ですが、心的外傷の場合は先述のとおり傷が目に見えないために、子ども本人が傷の在りかを指し示してくれることが不可欠です。心理教育を丁寧に行うことによって、被害を受けた子どもは、自ら体験した心的外傷の記憶に向き合う勇気を少しずつ獲得していくのです。

心理教育は通常、安心できる雰囲気の中で、相互の会話形式で実施するよう推奨されていますが、子どもの場合は、ゲーム形式やクイズ形式で楽しく学ぶ工夫も重要であるとされています。心的外傷を体験した時とは異なるポジティブな感情体験の中で心的外傷体験に触れることは、子どものレジリエンス(回復力)を強化すると考えられているからです。それだけに、子どもの心的外傷のケアに関わる専門家には、子どもの苦痛をできるだけ軽減しながら子どもの心的外傷を適切に評価するために、「応急手当」の技術を高める努力が求められます。