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HATコラム

震災復興の後、どうなるのか?どうしたらいいのか!

小林 郁雄(人と防災未来センター上級研究員)

人と防災未来センター上級研究員 小林 郁雄

1944年生まれ
大阪市立大学工学研究科修士(都市計画専攻)修了
兵庫県立大学緑環境景観マネジメント研究科特任教授
(公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構 阪神・淡路大震災記念
人と防災未来センター上級研究員

原発事故地域を除いて、東日本大震災復興まちづくりの声が、ようやく聞こえてくるようになった。あの3.11から2年4カ月。さまざまな異論を含めた防潮堤の議論、高台移転一辺倒な防災集団移転の進行、浸水区域での土地のかさ上げから始まる土地区画整理事業。それら事業の始まる槌音(つちおと)の間から、切れ切れに伝わってくる地域住民・生業者・基礎自治体の苦いつぶやき。
阪神・淡路大震災から2年余の神戸では何が起こっていたか?『震災771日たった神戸から』で、「被災地各地の状況は、多様化分岐化がどんどんと進行し、立ち直った人と立ち上がれない人が、いよいよはっきりしてきています。鉄道道路港湾などの都市基盤のほとんどが震災前の水準に戻っているのにくらべ、住宅商店生業など普通の『くらし』の復旧復興はまだまだです。」(小林郁雄「復興市民まちづくりVOL.8序」1997年2月7日記)。
防潮堤再建や地盤沈下対策、沿岸鉄道の再建を除けば、巷間(こうかん)で取り沙汰されるほどの復興の遅れはないのではないか?そもそも、被災地において「震災復興」とは何なのか?

●そもそも復興とは何か?
地震や台風は自然現象であり、防ぎようがない。そして、どんな巨大地震や大津波であっても、人間社会への影響がなければ災害とはならない。だから災害は社会現象である。
災害への対応は、その時代(時間)と場所(空間)によって決まり、復旧・復興には一定の基準(原則)はない。復旧は災害前の状態に戻すのが常識であるが、復興の基準はあやふやである。それはまさに、時の主権者による政治そのものである。復興は政治現象である。復興は時の政治経済社会体制の範囲内でしかあり得ないために、基準や原則をもとに復興を議論することは、ほとんど無意味である。
災害前のくらし(生活)を取り戻すことが復興の前提である。復興計画として目標や将来像はもちろんあったほうがよいが、それは、この前提を満たすものであるだろうか?復興計画が完了するまでに、状況が変わってしまうことは避けられない。将来像を作成・同意することが復興ではなく、その目標に向かうプロセス(道筋)こそが、復興というべきである。
復興計画は結局、時間と空間の関数としての政治によって実現が左右される。しかし、計画や目標がなくても、日々の生活、つまり「その日ぐらし」の一歩ずつのくらしの再建が重要である。その連続・展開こそが復興そのものであると思う。望ましい復興計画をつくればうまくいくという幻想を持たない方がいい。

●そこで、10年で復興したとして
2021年3月から後の社会像、まちの姿はどうあるのか?大震災・大津波から10年たって、防潮堤が築かれ、高台に移転した集落では、そこでどのような生活があるのか?ほとんどイメージなしに、これから10年近く続く整備事業が各地で始まろうとしている。
それは阪神・淡路大震災被災地でも同じことであった。大都市震災からの復興過程に携わるうちにやっと気づいたことは、地縁的社会の「自律生活圏=まち住区、コンパクトタウン」が大切だということである。小規模分散自律生活圏のネットワーク社会である。国や県などが復興を決めるのではなく、身近な社区(コミュニティ)が自己決定できる地域社会として確立していること、そして、その自律生活圏が連帯し、施設面でも、情報面でも、環境面でも、多重にネットワークした社会を築くこと、それが防災・減災だけでなく、これからの人口減少時代のまちづくりに、最も重要である。
20世紀の企業活動社会から21世紀の市民活動社会に向けて、省資源循環型社会を維持運営するためにも、小規模で分散した自律生活圏が多重にネットワークすることである。