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HATコラム

被災者の今を支えるための場、仕組み、人

清原 桂子(副理事長)

副理事長 清原 桂子

1952年生まれ
東京大学大学院教育学研究科修士課程修了 博士課程単位取得
(公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構副理事長
神戸学院大学客員教授

今年度、当研究機構研究調査部では、復興庁事業の「東日本大震災生活復興プロジェクト」を受託しており、その一環として、現在、東北の被災地で、被災者や支援者の方々と率直な意見交換を行う約30回の復興円卓会議を重ねているところである。

これまでその3分の2を終えたが、「狭い仮設住宅や土地勘のないみなし仮設に暮らし、ストレスを抱えつつ、仕事も失って毎日することがない」「いろいろなことがいっぺんにふりかかってきて整理できない」という多くの被災者の声に接してきた。

福島では、市民と避難者の間のあつれきも表面化する困難な状況の中で、「これまで、ありがとうばかり言ってきたが、ありがとうと言ってもらえるよう、人の役に立ちたい。このようになった私たちにしかできない情報発信をすることが必要」(福島県楢葉町からいわき市に避難)、「二本松の人と一緒にまちづくりをし、浪江に帰るとき、中心市街地活性化など二本松の人にも残していけるものをつくりたい」(福島県浪江町から二本松市に避難)という被災者の覚悟に胸を突かれた。岩手県山田町では、寄付金でつくられたNPOのプレハブの「駄菓子や」に、「理容店をなくし、毎日することがないので店番をさせてほしい」と頼み生き生きと活動を始められた高齢女性の話や、「住民には、前向き、投げやり、わからない、という3つの傾向があり、依存体質から脱却して、復興へ向けて自立していくんだという心をどうつくるかが課題」(宮城県石巻市仮設住宅自治会長)という仮設住宅自治会長からのご指摘もあった。

「何もないところで、ただ仲良くやりましょうではなく、何かを一緒にすることでコミュニケーションをつくっていくこと、『小さなやりがい』が大切だと学んだ」という福島のNPO法人理事長のお話を聞きながら、18年前の阪神・淡路大震災で、兵庫県生活復興局長として復興に取り組んでいたとき、被災者の方から言われた言葉がよみがえった。「毎日行政の相談員やボランティアの人が訪ねてきて、何か困っていることはないか、と聞いてくれてありがたいけれど、私らは何でもかんでもやってほしいと思ってるんと違う。むしろ、やりたいんや。きょうも明日も明後日も、何の予定もカレンダーに書くことができないのがつらい」

そうした声に励まされて事業化したのが、「高齢者語り部・昔の遊び伝承事業」(4年間で延べ2,670人の高齢者が26,648人の子どもたちに伝承)や「いきいき仕事塾」(震災翌年から現在までの修了生14,909人、修了生による小物の販売「フェニックス・リレーマーケット」やボランティア活動も展開)であった。

東北の被災地でも、外部からの支援の撤退も出てきている中で、「支援慣れせず、外部との交流はもちろん継続したいが、住民主体の活動をつくっていくときだ」という声も多く聞かれた。しかし、そのための課題もまた各地で同じことが言われていた。1つ目は、場所である。子どもたちが思いきり遊んだり運動したりする場所、放課後の居場所のなさもそうであるが、住民たちの地域活動を支える拠点・場所が流されており、それに代わるものがないことが、活動のネックになっている。仮設住宅集会所やこれから本格化する災害公営住宅での集会施設はもとより、それ以外の地域でも、今ある店舗等の資源の一角の活用やプレハブ仮設で時限で建てることも含めて、検討を急ぐ必要がある。

2つ目は、仕組みである。子どもたちや地域のために何かしたいという人は多いが、どうしたらいいか分からない、という声もまた多く聞かれた。阪神・淡路のときの「生活復興県民ネット」や「生活復興ラウンドテーブル(のちに、「NPOと行政の生活復興会議」)」、専門家と県課長チームが251回の「移動いどばた会議」を実施した「被災者復興支援会議」などの経験を伝えたい。

3つ目は、人である。しかし、東北でも多くの人が活動しており、このたびのプロジェクトの復興円卓会議でも、たくさんの出会いがあった。人と人がつながっていくための学習や研修の機会、「小さなやりがい」へのしかけの広がり、中間支援機能の強化などによって、担い手をさらに増やしていくことはできるのではないか。そして、阪神・淡路の経験からも、担い手になることが、被災者1人1人の今を生きる生きがいにもつながっていくのではないかと思う。