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HATコラム

「想定」を活かすために

矢守 克也(人と防災未来センター上級研究員)

人と防災未来センター上級研究員 矢守 克也

1963年生まれ
大阪大学大学院人間科学研究科博士課程単位取得退学
京都大学防災研究所教授
(公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構 阪神・淡路大震災記念
人と防災未来センター上級研究員兼震災資料研究主幹

■2種類の想定
南海トラフの巨大災害について、国に続いて都道府県単位の「想定」が相次いで公表されている。 想定には、性質が異なる2つの種類がある。第1は災害(ハザード)に関する想定であり、第2は被害(社会現象)に関する想定である。前者については、私たちが今こうして想定を知ったことが、実際に起こることに影響を及ぼす可能性はない。想定を知った今も、知らなかった数年前も、それとは無関係にトラフ付近の地殻運動は粛々と進んでいる。この意味で、第1の想定は「当たるか当たらないか」、そのどちらかである。

他方で、後者については、私たちが想定を知ったことによって、この先何が起きるかが変わる可能性がある。被害は、自然現象と違って、私たちの反応や社会の準備によって変化するからである。だから、後者は、悲観的にせよ楽観的にせよ、「そのような未来が待ち受けているのですね」とそのまま受け入れるようなものではない。この意味で、第2の想定では「(私たちが)変わるか変わらないか」が問われている。

別言すれば、想定は、この意味での「変化」-いい方向への「変化」-を促すような内容と様式を持っていなければならない。

■「個別訓練:タイムトライアル」-「変化」を促す取り組み
「個別訓練:タイムトライアル」は、上記の姿勢で筆者らが取り組んでいる実践の一つである。

通常の避難訓練には多くの人が参加するが、この訓練は個人または家族で行う。訓練者は、自宅の居間などから自分が選んだ避難場所まで実際に逃げてみる。この一部始終を、防災学習を兼ねた地元の小学生たちが2台のビデオカメラで撮影する。訓練者は、GPSロガーを持っていて、何分後にどこにいたかが地図上に表示される。

以上の結果を、「動画カルテ」と呼ぶ映像にまとめる(図参照)。画面は4分割されている。第1の画面には1台目のカメラ映像が、第2の画面には2台目のカメラ映像が、第3の画面には訓練者の訓練中の言葉と子どもたちの訓練者へのメッセージが、第4の画面には上述の地図が映し出されている。画面中央に時計表示があって、4つの画面はスタートからゴールまでずっと連動して動く。

さらに、この地図には、津波浸水シミュレーションの映像(鈴木進吾・防災研助教による)が、訓練者の実際の動きと重なって表示される。だから、「ここまで逃げたときに、自宅にはすでに津波が来襲、間一髪だった」、「あと5分早く家を出るための準備と努力が必要」、「この橋が損傷を受けると多くの人が避難路を失う、すぐに耐震補強を」といったことが一目瞭然で分かる。

■「動画カルテ」で想定を嘘にしてしまう
「動画カルテ」は、以下の4点を実現している点が重要である。第1に、カルテを通して、「変化」(「津波による犠牲者は×人」との想定を変化させる)に向けた具体的な手掛かりを獲得できる。第2に、カルテの上で、自然科学(津波シミュレーション)と社会科学(避難行動分析)の知識とノウハウがクロスしている。第3に、カルテによって、専門家と非専門家との間で「共同」が実現している(訓練者が自らたたき出したタイムと専門家のシミュレーションとは互いに他があってこそ活きる)。第4に、避難する人自身が「主役」となった減災活動となっている。

繰り返しになるが、想定は、唯々諾々と受け取るべきものではない。もちろん、これは、単に想定を信じないとか無視するとかいう意味ではない。まったく逆である。想定(特に、被害に関する想定)の内容を十分検討した上で、想定された未来をみんなの努力によって「嘘にしてしまう」ことが大切である。「動画カルテ」は、そのための、ささやかな一歩である。