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HATコラム

「「心の回復に寄与するもの」

加藤 寛(理事兼兵庫県こころのケアセンター長)

理事兼兵庫県こころのケアセンター長 加藤 寛

1958年生まれ
神戸大学医学部卒業 医学博士
(公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構理事兼兵庫県こころのケアセンター長

「心のケア」という言葉は1980年代から散見されるが、当初は末期がんや神経難病患者への心理的支援、現在のターミナルケアと同じ意味で使われていた。災害に関して用いられたのは阪神・淡路大震災が嚆こう矢しであり、それ以後は大災害後の被災者支援の重要な要素として、広く認知されている。しかし、実際に被災者に提供しようとしても、簡単には受け入れられないことが多い。その理由としては、精神科に対する抵抗感以外にも、被災状況を再び想起するのを回避したいという心理機制が大きく影響している。そのため、心のケアを提供するためには、現実的で被災者に受け入れやすいサービスと組み合わせる、心の問題という側面を強調しない、などの工夫が必要になる。そして、最も重要なのは被災者の多くは、自分自身の対処能力を発揮することによって、心理的にも回復を遂げるということを認識することである。

その心理的回復の基盤となるのは、生活の再建、地域コミュニティの再生、就労等の役割の回復などである。したがって、これらを促進する取り組みや施策が、何よりの心のケアになるといっても過言ではない。

阪神・淡路大震災後に、メディアが最も注目した事態に「孤独死」がある。都市部では災害がなくとも、人知れず医療にかかることもなく、ひっそりと最期の時を迎え、時間が経過してから発見される死は日常的に存在する。数だけでいえば、震災前後で孤独死が増えたわけではないが、仮設住宅、復興住宅に集約されたがために、大きな社会的問題として衆目を集めたのである。孤独死を医療者として見つめ続けた額田は、亡くなっていく人たちの特徴として、一人暮らしの無職の男性で、慢性の身体疾患とアルコール依存の問題を抱え、経済的には年収100万円以下の低所得者が多いことを指摘している。つまり、都市の底辺で脆弱な経済状況でかろうじて生活していた人たちが、震災によって生活の基盤と将来への希望を失い、アルコールに溺れ、医療を受けることなく亡くなっていったというのである。額田は神戸市西区で仮設診療所を開設し、被災者の身近にいて介入の糸口を探した。そして得た結論は「本質的な救済があり得るとしたら、地域の福祉、医療の担い手が、その人たちの元に誠実に足を運ぶことが欠かせない」というものであった。

東北の被災地は、もともと高齢化、過疎化の地域で、震災によってその拍車がかかった。残された高齢者の健康を守るために、自らも被災した地域の医療者たちが試みているのは、訪問診療に重点を置くことである。震災前は地域の病院で、患者が受診するのを待っているだけだった医師たちが、積極的に地域を歩き、生活に密着した医療を提供し始めようとしている。また、仮設に閉じこもっている高齢者たちに、少しでも生活の実感と役割を持ってもらうために農作業に従事してもらう取り組みが、いくつかのNPOによって試みられている。先日、福島県南相馬市で開かれた復興円卓会議では、原発に隣接する浪江町で、町外に避難している高齢者たちとともに、農作業を行っているNPOの方の報告を聞いた。土壌からの持続した汚染はないものの、ときどき放射能濃度が上がるために、自分たちが食べることも出荷することも叶わない状況である。しかし、参加者はもともと農業に従事していた人たちがほとんどで、故郷でなじんだ仕事ができることに喜びを感じているということだった。

こうした地道な取り組みをとおして、高齢者を地域で支える方法が充実されたり、高齢者たちが自らの役割を回復していくきっかけが得られるとすれば、これから超高齢化社会を迎える他の地域にも大いに参考になるだろう。