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HATコラム

「我が国の建築物の耐震性:建築基準法が規定する耐震性とは?」

福和 伸夫(人と防災未来センター上級研究員)

福和 伸夫(人と防災未来センター上級研究員)

1957年生まれ
名古屋大学大学院工学研究科建築学専攻博士課程前期課程修了
名古屋大学減災連携研究センター長・教授
(公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構 阪神・淡路大震災記念
人と防災未来センター上級研究員

4000年前の法典、ハンムラビ法典には「家を建てたものは、建築が適切に行われなかったことにより家が壊れ、その住人を死なせることがあった場合には死罪に処す」と書かれていた。2000年前、ウィトルウィルスは、建築十書で「強無くして用無し、用無くして美無し、美無くして建築ではない」と述べた。また、耐震工学の創始者・佐野利器は、1926年、「耐震構造上の諸説」の中で、「然(しか)しながら、諸君、建築技術は地震現象の説明学ではない。現象理法が明でも不明でも、之に対抗するのが実技である。建築界は百年、河の清きを待つの余裕を有しない」と記した。このように、建築物の第一義は、生命や生活・財産を守ることにある。地震現象が科学的に未解明でも、安全な建物の創出が必要である。

物理学者、寺田寅彦は、1934年、経済往来に寄稿した「天災と国防」の中で、「文明が進むに従って人間は次第に自然を征服しようとする野心を生じた。そうして、重力に逆らい、風圧水力に抗するようないろいろの造営物を作った。そうしてあっぱれ自然の暴威を封じ込めたつもりになっていると、どうかした拍子に檻(おり)を破った猛獣の大群のように、自然があばれ出して高楼(こうろう)を倒壊せしめ堤防を崩壊させて人命を危うくし財産を滅ぼす。その災禍を起こさせたもとの起こりは天然に反抗する人間の細工であると言っても不当ではないはずである」と述べている。これは、ValueEngineeringと称して、科学技術の力で合法的に安全性を削ってコストダウンを図る現代社会への警鐘ともいえる。

1950年に制定された建築基準法の第1条には、「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする」と記されている。あくまでも最低限守るべき基準を定めたものである。耐震基準もしかりである。決して、震度7の強い揺れまで国民の命を保証しているものではない。

具体は、建築基準法施行令に規定されている。多少の構造被害は許容しても人命を守ることを検証する極めてまれな地震に対する地震力として、高さ60m以下の一般の建築物では、標準せん断力係数1.0以上を定めている。地震力とは、地震時に建物に作用する力であり、建物各部の質量と応答加速度を積和したものである。建物総質量と建物の平均応答加速度の積に相当し、せん断力係数1.0とは、建物の平均応答として重力加速度980ガルを考えることを意味する。地域や建物周期による低減はあるが、一般に地盤の硬軟や建物規模・高さによらず1.0を用いている。

墓石のように堅い建物であれば、建物内での揺れの増幅はないので、地盤の揺れも980ガル相当となり震度7の下限程度の揺れを考えたことになる。これに対し、壁の少ない中高層のラーメン建物などの場合には建物は地盤より強く揺れる。例えば、揺れが4倍に増幅すれば、想定する地盤の揺れは250ガル程度であり、震度6弱の下限でしかない。すなわち、耐震設計で想定している地盤の揺れは、建物の堅さによって大きく異なる。つまり、現行耐震基準では、堅い建物ほど建物耐震性能が高いという結果になる。さらに、壁の多い建物は耐震的余裕度も高い。阪神・淡路大震災で、建物階数が高いほど建物被害率が高かったこととも符合する。

一般に、軟弱な地盤は硬質な地盤より強く揺れるが、地盤の硬軟による揺れの強さの違いも耐震基準上は考慮されていない。そのため、耐震技術は向上したとはいえ、洪積台地上に多くの低層建物が建てられていた時代と、沖積低地上に中高層建物が林立している現代とで、どちらが安全か悩ましい。多くの建築家が気付いていない意外な落とし穴だ。