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HATコラム

「自治体間災害時協定とデカンショ節」

鶴谷 将彦(研究調査本部 主任研究員)

鶴谷 将彦(研究調査本部 主任研究員)

1980年生まれ
立命館大学大学院卒業 政策科学博士
立命館大学、神戸大学非常勤講師
(公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構 調査本部主任研究員

筆者は今年4月から、研究調査本部の所属となった。そもそも筆者は「平成の市町村合併」など地方政治・地方自治に関心があり、その縁で、「災害時の広域連携支援の役割の考察」の研究プロジェクトに携わることとなった。

筆者の故郷は、千葉県の房総半島南部の太平洋に面した街で、海まで歩いて5分の海岸沿いに実家はある。そのため2011年3月11日の東日本大震災で、テレビに映し出された津波の映像を見た時、実家が津波に襲われてしまうという衝撃を受けるほどであった。幸い房総半島南部は津波被害を受けなかったが、同半島北部沿岸では被害が出た。そのこともあり、研究プロジェクトへの参加は、他人事ではなく関心があった。

本研究プロジェクトは、東日本大震災後の自治体間連携のあり方を主たる関心に、関西広域連合をはじめ、さまざまなレベルの国内外の行政組織連携のあり方を調査し、これについて提言することである。その中の一つに、自治体間の災害時支援協定の実態を調査することもある。最近では兵庫県内でも、2014年5月に相生市と高知県須崎市が「ペーロン競漕」などの文化交流を通じて培われた関係を「災害時支援協定」という形に結び付けた。自治体の災害時支援協定は、自治体間連携だけにとどまらず、現在は、自治体と国の出先機関、NPO、民間会社、郵便局など、多岐にわたる重層的な連携が行われている。総務省消防庁の調べによると、2013年3月末現在で、全市区町村1,742団体の81%に当たる1,412団体が自治体と民間事業者の間で災害協定を結んでおり、東日本大震災の前後の比較からも、増加しているという(愛媛新聞2014年3月22日朝刊)。

現在、筆者はこの研究プロジェクトの中で自治体間連携に関する調査を行っているが、大変興味深い記事を見つけることとなった。それは、兵庫県篠山市の災害時支援協定に関する取り組みである。同市は、東日本大震災後、愛知県犬山市や高知県宿毛市などの遠隔地自治体と同協定を積極的に結び、これまでに10以上の自治体と提携した。同市の協定のきっかけは、東日本大震災の発生直後、赤穂義士ゆかりの全国25自治体による相互応援協定に基づき、岩手県一関市などに水などを送り届けたことである。その経験を通じて自治体間ネットワークの重要性を再認識した後(神戸新聞2011年5月7日朝刊)、災害時支援協定の締結先として力を注いだのは、歴史的なつながりを背景とした自治体であった。その第1号として目を向けたのが、同市に伝わるデカンショ節であった。

デカンショ節は、篠山市ゆかりの民謡であったが、1898年夏、旧篠山藩主の青山忠ただ允ことと篠山ゆかりの若者が、房総半島最南端の館山市八幡の江戸屋旅館で、夜毎に蛮声を張り上げて歌った篠山の盆踊りの歌で、同じ旅館に居合わせた旧制一高(現在の東京大学)の水泳部の学生たちがまねたという。学生たちは東京に帰ってからも愛唱し、「デカンショ※、デカンショで半年暮らす…」の歌詞で知られるデカンショ節が、大正から昭和初期にかけて全国の学生や若者に広まった(房日新聞2011年11月26日朝刊)。

そのため、館山市は篠山のデカンショ節を全国に広めた地として認識され、その縁で館山市と篠山町(当時)は1978年に姉妹都市協定を結んだ。そして、東日本大震災を契機に篠山市からの働き掛けでその絆は一層深まり、2011年11月に災害時支援協定を締結した。さらに、毎年お盆に篠山で開催されるデカンショ節の大会に館山市民が出場したり、館山市および篠山市の大規模イベントであるマラソン大会に行政からの支援を通じて互いの市民が参加し合ったりするなど、市民同士の文化的交流による結び付きは多方面で活発になってきているという。

最終的に、デカンショ節は、平成の時代にも自治体間における災害時支援協定と形を変えてその結び付きを強めたといえる。加えて、遠隔にある両市民の文化的交流の展開も自治体関係者による切れ目のない交流事業の橋渡しを行っている結果であるといえよう。

館山市のある房総半島最南端では、海岸段丘の地形のため、筆者は祖父母から先祖代々伝えられてきたこととして「大地震の後には必ず大津波が来る」と口酸っぱく言われていた。2011年3月11日、筆者が遠く離れた故郷を心配したように、災害時支援協定を結んだ住民同士が文化交流で結ばれた関係を思い出し、相手の自治体を遠くても身近な故郷のように思い、「いざ」というときに市民自身が自発的な支援を行う。そのような光景を日頃の文化的交流から築けるような地道な努力を自治体関係者には切に願うものである。

※ ちなみにデカンショの意味については諸説あるのだが、旧制一高の学生の関係から哲学者のデカルト、カント、ショーペンハウアーの名前をもじってそのようなフレーズになったという説がある。