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HATコラム

災害後のさまざまな救援者について

加藤 寛(理事兼兵庫県こころのケアセンター長)

加藤 寛
理事兼兵庫県こころのケアセンター長


1958年生まれ
神戸大学医学部卒業 医学博士
(公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構理事兼
兵庫県こころのケアセンター長

今年の夏、鹿児島から宮崎にかけて旅行をした時、霧島温泉から移動する途中の展望台より新燃岳を見た。2011年の噴火では、大量の火山灰が宮崎県側に降り、大変な思いをしたと都城市に住む親戚から聞かされたことがあったが、現在の山肌にはうっすらと草が生えていて、活火山であることを知らなければ、ごく普通の山にしか見えない。今年、発生した災害で誰もが驚いたのは、9月27日に発生した御嶽山の噴火であろう。火山災害は、予兆となる地震があるので、あまり人的被害は起きないと思っていたが、あの突然の水蒸気爆発では、生き残ったほうが奇跡としか言いようがない。

救出現場の映像を見ていると、消防隊員や自衛隊員らの献身には本当に頭が下がる。再噴火、火山ガス、高山病、そして滑落の危険に身をさらしながら、ほとんど生存者発見の可能性がない状況で捜索するのは、救援者としての揺るぎない信念が必要であることは間違いない。彼らの活動が最大の賛辞を受けるべきなのは当然だが、彼ら自身が口にするのは全員を収容できなかったことの悔いであった。それほどまでに、救援者の自負と役割意識は強いのであろう。

阪神・淡路大震災の際、水利が得られず、倒壊した建物に行く手を阻まれる状況のなかで、消防士たちは最大限の努力をした。しかし、被災者やメディアは消防士たちを強く非難した。現場では、何を突っ立っているのだと罵倒され、翌日からの119番通報の多くは、なぜ家族を助けてくれなかったのか、なぜ火を消してくれなかったのかという、抗議の電話だったという。メディアも「災禍に無力をさらした」と批判した。活動できなかったことを悔やみ、自らを責めていた消防士たちの中には、こうした非難によって誇りをさらに傷つけられ、仕事への意欲を失ってしまった人たちも少なくない。

先日、仙台で開かれたシンポジウムで、被災市町村職員のメンタルヘルスの問題が話題になった。宮城県内のある自治体で行われた調査では、不安や気分の落ち込みを測定する尺度で、問題を抱えている可能性がある人の割合は、仮設住宅の住民に対して同じ尺度を使った調査結果と比較すると、仮設住民より高いという報告があった。また、福島の浜通りの某町で行われた面接調査では、うつ症状が高い人が目立ち、すぐに受診することを勧奨した人も、かなりの数に上ったという報告があった。そのシンポジウムには、原発事故のため、役所を他の地域に移さなければならなかった町職員の方が招かれており、実情を語っていた。町とわが家を捨てて転々としなければならなかったこともつらかったが、町民からは常に責められ、移った先では地域住民からの苦情に神経をすり減らし、早朝から深夜まで働き続けなければならず、心身ともに疲れ果てているとの、切実な声も聞かれた。

加害者のいる犯罪や人為災害と異なり、自然災害では被災者が抱く怒りの感情は、どこに向ければいいのか曖昧である。あらゆる怒りの矛先にされてしまうのが、行政職員である。阪神・淡路大震災の際、こころのケアチームの活動拠点が置いてあった、神戸市内の某区役所に数日いたことがある。窓口には、さまざまな苦情を言いに被災者がひっきりなしに訪れ、怒号が飛び交っていた。災害直後の混乱期だけでなく、復興期に入っても仮設住宅入居や地域の再建計画などを巡って、住民から責められ続ける日々が続き、職員たちは疲弊していく。阪神・淡路大震災から1年後に、神戸市の助役さんが自殺するという悲劇が起こった。当時の新聞を見ると、厭うことなく住民と向き合ってきた人だったらしく、1年目の記念行事が終わったころから、まるで燃料が切れたように弱っていったのだという。災害直後の救援者だけでなく、長く復興に携わる行政職員の健康を守ることは重要で、そのことが復興を進め、被災者の利益になるのである。