• 研究戦略センター
  • 人と防災未来センター
  • こころのケアセンター

HATコラム

阪神・淡路大震災からの20年、これからの20年-首都直下地震・南海トラフ地震にどう備えるか-

人と防災未来センター上級研究員中林 一樹

中林 一樹
人と防災未来センター上級研究員


1947年生まれ
東京都立大学工学研究科博士課程退学、工学博士
明治大学政治経済学研究科・危機管理研究センター特任教授
首都大学東京名誉教授
(公財)ひょうご震災記念21世紀機構 阪神・淡路大震災記念
人と防災未来センター上級研究員

1995年1月17日未明、激震が阪神・淡路地域を襲った。一瞬の揺れが、10万5,000棟の建物を倒壊させ、7,000棟を焼失し、5,500人の人命を奪った。あれから20年、社会も都市も大きく変わり、震災対策も展開した。

震災対策では、初めての震度7の震災であることを踏まえて、震度階の詳細化と震度7の計測化、緊急地震速報の構築、緊急消防援助隊の制度化や自衛隊法の改定による支援体制の強化、その他災害対策基本法や災害救助法を改定し災害対応対策が強化された。さらに、何よりも震災予防対策の基本である建物の耐震補強のための耐震改修促進法が制定された。また、災害復興では迅速に市街地復興に取り組み、分譲マンションの修復・再建問題に向けての区分所有法の改正や、新たな復興の枠組みとして被災市街地復興特別措置法の制定など、復興対策は大きく進展した。しかし、災害対応と復旧における被災者目線と地域やボランティアによる市民支援の重要性が指摘されたのも阪神・淡路大震災であった。1月17日は「防災とボランティアの日」となり、復興を地域主導で進めるために復興基金制度が立ち上げられ、また、住宅再建など被災者個人への支援の議論が発端となって被災者生活再建支援法の制定に至った。

それから20年、人口減少と高齢化の進展はいよいよ本格化し、農山村部での限界集落化、地方都市のみならず大都市でも空き家対策が必要となってきた。少子化に伴う公立小中学校の減少は、災害時の避難所施設の減少となり、高齢化は災害時要配慮者や避難行動支援者の対策などが大都市部でも不可避の課題となってきた。最も大きな変化は情報化であろう。阪神・淡路大震災の時、携帯電話はまだ実用化前であった。あの時あれほど頼りとなった公衆電話を街頭から駆逐してしまい、外出者にも情報提供ができるスマホの時代となった。そして大都市では、都市空間の3次元化が急進している。大深度地下利用による交通施設をはじめ、都市基盤の大深度化とともに300mを超える超高層ビル、600mを超えるタワーも出現し住宅の高層化も著しい。この20年間の都市形成は、利便性は高めたが、大都市を含め少子高齢化のトレンドは止まらない。そして災害はトレンドを加速する。被災する前に、被災後に加速すべきトレンドを作っておくこと、それがこれからの防災に取り組みとレジリエントな地域づくりの目標としなければならない。

阪神・淡路大震災が発生した時、初めての区部直下地震の被害想定に取り組んでいた東京都は想定作業を中断し、都市直下地震である阪神・淡路大震災に学ぶことにした。想定委員会の委員であった私も調査団に加わり、担当したテーマが「復興」であった。

阪神・淡路大震災での復興は震災直後の3日目から取り組まれていた。その5倍強の被害規模が想定されている東京の復興を迅速に実施するには、復興対策も事前に準備しておくことが不可欠である、と提言し、そこから東京の「事前復興」の取り組みが始まった。

これからの20年、首都直下地震や南海トラフ地震への備えは待ったなしである。阪神・淡路大震災よりも東日本大震災よりも大きな被害に対して、発災後の危機管理の強化とともに、抜本的な災害予防対策を推進すべきである。人口減少・高齢社会時代の防災課題は、情報を提供し避難を促して市民の命を守り、生き延びた被災者を支援する仕組みの強化だけでは片手落ちである。被害の事前軽減を最大限進め、被災からの復興を迅速に成し遂げ、被災をバネに地域の活性化を実現していく取り組みに、もっと焦点を当てる必要がある。私は、事前復興の発想に基づく抜本的な事前防災の加速を、国土強靭化地域計画として推進すべきと考えている。多くの犠牲者を出した被災後にも復興を目指すであろう。その目指すべき復興まちづくりを被害想定から事前に構築し、その事前実現を目指したまちづくりを推進する。事前防災・減災準備・継続計画・事前復興がシームレスで展開する「総合防災の取り組み」を地方公共団体を中心に推進するのが国土強靱化地域計画なのである。