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HATコラム

「伝える」ことの大切さ

人と防災未来センター上級研究員中林 一樹

室﨑 益輝
副理事長兼研究調査本部長


1944年生まれ
京都大学大学院工学研究科修士課程修了。工学博士
ひょうごボランタリープラザ所長
兵庫県立大学防災教育センター長・神戸大学名誉教授
(公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構 
副理事長兼研究調査本部長

震災20年を迎えての大切な課題の一つに、「伝える」ということがある。阪神・淡路大震災の体験や教訓を正しく伝えて、次の災害に向けての備えに生かさなければならない。ところで、時間がたてばたつほど、人口の自然減および社会減によって、大震災の経験者が減っていく。被災地では、既にその4割が「震災を知らない市民」になっている。それだけ、大震災の経験が風化する状況が広がっている。だからこそ、震災の風化を防ぐ取り組み、体験を伝承する取り組みを強化しなければならない、といえる。

そこで問題になるのが、いかに「伝承をはかり、風化を防ぐ」のかということである。この伝承のあり方について、私は「意識的な伝承」と「無意識的な伝承」の2つがともに必要だ、と考えている。意識や知識は、大脳の記憶に依存する。記憶は時間とともに薄れてしまうものである。となると、その薄れる記憶に漫然と頼っていては、伝承ははかれない。となると、記憶を維持する努力をして伝承をはかるか、記憶に依存しない伝承のあり方を探るしかない。

意識的な伝承は、記憶を維持する努力をして、教訓を忘れないようにするものである。記憶を維持するには、そのための仕掛けがいる。その仕掛けとしての「3点セット」が欠かせないと、私は考えている。その3点セットとは、災害の傷跡を実感させる遺物、災害の記憶を覚醒させる口承、災害の意味づけをする解説の3つである。「遺構」「語り部」「ミュージアム」の3つがいるのだ。広島の平和公園では、原爆ドーム、語り部、平和資料館といった3点セットが有機的に結合して伝える機能を果たしている。沖縄のひめゆりの塔でもそうだ。

阪神・淡路大震災でいうと、人と防災未来センターや北淡震災記念公園には、この3点セットが用意されている。なかでも、人と防災未来センターの展示は世界一といってよいほどに素晴らしいもので、災害伝承の大きな力となっている。とはいえ、原爆ドームのような強い印象を与える遺構がない、次第に語り部の高齢化が進んでいる、災害の悲しみを伝える解説がもともと弱い、という問題を抱えている。意識的な伝承では、この弱点をいかに補強するかが問われている。遺構の少なさについては、わずかに残った遺構を大切にすること、遺構の少なさを模型や映像などで補うことが求められよう。語り部の高齢化については、第2世代の語り部を育成すること、語り部の保存的映像化をはかることが急がれる。3番目の悲惨さの展示については、次の展示の見直しの段階で、再検討されることを期待したい。

次に、無意識的な伝承についても考えよう。無意識的な伝承というのは、記憶に頼らずに教訓を受け継いでいくということである。記憶に頼らないということは、頭で覚えるのではなく、体で覚えるということである。震災の教訓を生活の中に溶け込ませることである。お裾分けの慣習は非常時に備えての支え合いの伝承を、火祭りの行事は非常時に備えての火災制御の伝承をはかるものである。慣習や行事などの生活文化として、教訓を受け継いでいくのである。

阪神・淡路大震災では、住宅再建資金も含めて事前に備蓄をはかることの必要性、日常的な点検や修理を含めて家屋のメンテナンスをはかることの必要性、コミュニティの強化を含めて人と人との絆を育んでおくことの必要性などを学んだ。これらの学びを、文化として、日常のこととして、定着化をはかるのである。車の車検のように家屋の家検を定期的にする。大掃除のような風習をメンテナンス文化として復活させる。お漬物や干物のような非常食を日常的においしくいただくようにする。

この教訓を文化にするということでは、住宅再建のための「フェニックス共済」の普及が欠かせないと考えている。義捐金の前払いとしてのこの助け合いの制度は、昔の「頼母子講」に通じるものである。減災のためのライフスタイルを創造し、助け合いのための社会システムを構築することは、教訓を生かして伝えることなのである。