• 研究戦略センター
  • 人と防災未来センター
  • こころのケアセンター

HATコラム

2015年ネパール・ゴルカ地震 ~その時、バクタプルでは~

阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター上級研究員 清野 純史

清野 純史
阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター上級研究員


1957年生まれ
京都大学大学院工学研究科土木工学専攻修士課程修了。博士(工学)
京都大学大学院地球環境学堂教授
(公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構 阪神・淡路大震災記念
人と防災未来センター上級研究員

2015年4月25日12時56分、ネパールの首都カトマンズの西方約80㎞、深さ約15㎞の地点を震源とする大地震が発生した。モーメントマグニチュード(Mw)は7.8、インドプレートがユーラシアプレートの下に沈み込むことによって生じるプレート間地震であり、断層のタイプとしては典型的な衝上断層(低角逆断層)である。ネパール全土で8,000人以上の尊い命が失われたといわれている。人命と同じく、かけがえのない歴史遺産も、その多くが大被害を受けた。カトマンズ谷にある7つの世界遺産地区の歴史的建造物も例外ではない。赤れんがの綺麗な町並みを残すバクタプルもその中の一つである。

その日、バクタプルのダルバール広場は、いつものように外国人観光客でごった返していた。12歳の少女クリシュナは、この広場に来てはいつも外国人に話し掛けて、英会話の勉強をしている。将来は欧米に留学して建築を学び、カトマンズ谷の世界遺産を地震から守る仕事に就くのが夢だ。英語で案内すればチップをもらえることもある。おばあちゃんと2人暮らしの生活にとっては、わずかなチップでさえ重要な収入源だ。

この日はどの観光客に話し掛けても構ってもらえず、仕方なく近くのトゥマディー広場にある、この辺りでは一番背の高いニャタポラ寺院に向かった。寺院の五重塔(パゴダ)が聳そびえる5段の堅けん牢ろうな基礎の階段の上で、広場を楽しそうに漫遊する無数の観光客をぼんやりと眺めていた。

その時、クリシュナの体が小刻みに揺れ始めた。お腹が空きすぎて頭までくらくらしてきたのかしら、と思った瞬間、突如轟ごう音と共に激しい横揺れが来た。広場にいた観光客は皆動くこともできず、ある者は恐怖でその場に蹲うずくまり、ある者は大声で叫びながら同行者に抱き付いている。クリシュナも階段脇の守護神の石像に必死にしがみ付いた。顔を上げて正面を見ると、広場を挟んだ4階建てれんが造りの瀟しょうしゃ洒なホテルの壁に、右上から左下に向かって、斜め45度の大きなクラックが入った。と同時に、その部分がとてつもなく大きな音を立てて崩れ落ちていった。石像にしがみ付きながら左手を見ると、3層建てヒンドゥー寺院であるバイブラナート寺院が今にも崩れそうに激しく左右に揺れ、2階と3階の屋根からはたくさんの瓦が落ちて来ている。右手を見ると木とれんがを組み合わせて造られた古い2階建てレストランの1階が傾き始め、2階で食事をしている観光客が木製の窓枠を掴つかみながら大声で助けを求めている。

激しい横揺れは間もなく収まったが、ゆっくりとした大きな揺れが依然として続いているので逃げることもできない。見上げると、30mの高さのパゴダが前後左右に大きく揺れていて、クリシュナの周りでは塔を支える幾本もの木製の柱がみしみしと唸うなりを上げている。階段脇の女神や象や獅子などの像も、がたがたとまるで生き物のように動いている。クリシュナはこのまま塔が倒れてしまうのではないかと思った。でも1934年のビハール大地震の時も、この塔だけは頑張って建っていたというおばあちゃんの言葉を思い出し、今度もどうか塔が倒れませんようにと、目を瞑つぶってヒンドゥーの神様に一心にお祈りをした。

そのおかげか、たった数分なのに、何十分も揺れていたのではないかと思われる地震が、やっと収まった。多くの人が大声で怒鳴り合ったり、泣き叫んだりする声が聞こえる。周りの至る所で、クリシュナが生まれるもっともっと昔からある歴史的な建物が壊れ、そこかしこで土つちぼこり埃がもうもうと上がっている。大事な世界遺産なのに。クリシュナはふっと我に返り、ニャタポラ寺院の階段を転げるように駆け降りた。そして、バクタプルの外れにある、おばあちゃんと住む古いれんが造りのアパートへ向かって一目散に駆け出した。

(現地調査期間:2015年9月13日~18日、J-RAPIDによる支援を受けて)