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HATコラム

災害後の外部支援をめぐって

理事兼兵庫県こころのケアセンター長 加藤 寛

加藤 寛
理事兼兵庫県こころのケアセンター長


1958年生まれ
神戸大学医学部卒業 医学博士
(公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構理事兼兵庫県こころのケアセンター長

地域コミュニティーでは対応できない災害が起こると、外部からの支援がさまざまな領域で行われる。自衛隊、消防や警察などの緊急援助隊、救急医療チームであるDMATなど被災直後から入る組織もあれば、保健師チームや行政支援チームなどのように復旧復興の段階で長期に活動する組織もある。いずれの支援も被災地にとってはかけがえのないものだが、時として外部支援によって混乱や葛藤がもたらされることがある。

その1つが支援のアンバランスである。メディアによって繰り返し紹介された地域や、比較的アクセスしやすい場所には溢れるほどの支援が入るのに、被害はあまり変わらない隣接地域には、まばらな支援しかないことはよく起こる。阪神・淡路大震災の場合、菅原市場の火災が大きく報道された神戸市長田区がそうだったし、東日本大震災では仙台から比較的アクセスしやすかった石巻市がそうだった。

熊本地震から4週目に訪れた益城町には、ありとあらゆる支援チームが集結し、ミーティング会場には人が溢れ、町中をユニフォームを着た支援者が闊歩(かっぽ)していた。しかし、隣町で被災状況は差がない嘉島町には、保健師チームと作業療法士チーム、そしてわれわれこころのケアチーム、それぞれ1チームずつという状況だった。支援者が溢れていた益城町の職員たちの疲弊した、困惑したような表情が印象的だった。

阪神・淡路大震災から半年後に、兵庫のソーシャルワーカーたちが出した報告書がある。その中には、外部からの支援を受けることの葛藤が生々しい言葉でつづられている。

「すべてが混乱している中で、各方面の関係者が全国から来てくれたが、突然来所され、各人がバラバラに訪れるので同じことを何回も説明しなければならず、この対応に時間と労力を要した。」「『何をしたらいいか、指示が欲しい、マニュアルを作って欲しい』と言われ疲れた。」「力んで何かをせねばと入ってこられると回りが迷惑した。」

ここまで直接的な表現ではないが、東日本大震災で支援を受け入れた仙台市の林医師も、外部支援者に「ほどほどの熱意で」と注意を喚起している。

これらの偽らざる本音は、外部支援者の心構えを教えてくれる。まず、支援に入った場合、気分が高揚し過活動になることを自覚しておく必要がある。その善意の高揚は、時として、被災地内部の関係者にとってありがた迷惑になる場合があることを、知っておかなければならない。そして、何か役に立ちたいと意気込んでも、自分の望む支援はできず、待機を強いられることが少なくないことも覚悟しておかなければならない。

「支援者支援」という言葉がある。もともと被災地内で仕事をしており、被災者の生活再建や健康管理に従事しなければならない人たちを支えることを意味している。外部からの支援者は直接、被災者にサービスを提供することもできるが、被災地内の支援者を支えて彼らが十分に能力を発揮できるよう努める方が、長い目で見ると効果的なのである。そのためには、自分がやりたいと思っていた支援活動に固執せず、地味な仕事も引き受け、内部の支援者たちをねぎらい、尊重することが重要だろう。過去に大災害を経験した地域から派遣された支援者が陥りがちなのは、取り組まれていない活動を先取りして助言してしまうことである。的確で有効な助言も、時として押し付けがましいものになってしまうことを、自覚しておく必要があるだろう。

被災地内の支援者たちは、たとえ自分たちが被災していても、その力を発揮したいと思っている。外から一時的に行く者が、彼らの役割を侵襲し、尊厳を奪ってはならない。外部支援があまり入らなかった嘉島町の保健師たちは、健康状態に問題のある町民の状況を全て把握しており、われわれに的確な指示を出し、外部支援者を効率的に活用していた。そこに溢れていたのは、自分たちの町を自分たちで守る のだという気概であった。