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HATコラム

チリ こころのケアモデル

兵庫県こころのケアセンター研究主幹 大澤 智子

大澤 智子
兵庫県こころのケアセンター研究主幹


人間科学博士・認定臨床心理士
リッチモンドカレッジ、リージェントカレッジ(ロンドン)にて
心理学学士号、カウンセリング心理学修士号取得
大阪大学大学院人間科学研究科にて人間科学博士号取得後、
兵庫県こころのケアセンター主任研究員就任、現在同センター研究主幹
日本トラウマティック・ストレス学会副会長
総務省消防庁緊急時メンタルサポートチームメンバー

2014年からJICAの委託を受け、南米チリ共和国がこころのケアモデルを構築するための4年プロジェクトのコーディネートをしている。すでに訪日研修を2回行い、この6月中旬に現地へ赴いた。日本と同様、チリも地震、津波、山火事、火山噴火と災害が多い国である。1960年5月23日のチリ地震(マグニチュード9.5)では、発災から22時間半後に宮城県塩釜から岩手県宮古までの地域を津波が襲い、日本人の死者行方不明者142人、負傷者800人以上に加え、建物、道路、橋や堤防被害があったことが記録されている。そして、50年後の2010年2月27日にも再び、マグニチュード8.8の地震がチリ中部沿岸部で起こり、30メートルを超える津波が800人以上の命を奪った。

この出来事を受け、チリ政府は災害後のこころのケアを全国レベルで実施できるようにするため、こころのケアモデルとマニュアルの作成に乗り出した。過去2回の訪日研修には保健省、危機管理局、研究施設から政策立案担当者が来日し、日本の経験に耳を傾け、阪神・淡路大震災および東日本大震災で現場活動を行った専門家らと意見交換を行った。日本のこころのケアをチリの文化に取り入れるにはどこを修正する必要があるのか、「こころのケア」を「kokoronokea」と表記しているがこれに替わる名称をどうするのか、について議論がなされた。また、彼らは「予防」という概念に興味津々だった。研修員らによると、チリには、「防災教育」や「避難訓練」「地域防災」という概念がなく、ぜひとも母国に導入したいとのことだった。

そんな中、6月に訪問し、2010年の津波被害が大きかったビオビオ州のロタとコンセプシオンで、当時のこころのケア活動について知る機会を得た。物資や情報がなく、混沌(こんとん)とする中、発災から数日後に軍隊が到着するまで、地域の保健センター(日本の保健所相当)の職員が必要なことに一つずつ対応していたことが報告からうかがえた。とても興味深かったのは、困ったこととして羅列されていた内容だ。ご遺体の移送、物資の確保、食品と支援物品の整理と配布、外部ボランティアやメディア対応、現地コーディネート、中央政府と現場の温度差など。どれも世界共通の古くて新しい課題で、阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震、スマトラ島沖大地震や四川大地震時でも現地の支援者らが語っていたことだ。同時に、これらの報告によりチリにも自国のこころのケアモデルが存在していることが明確になった。

とても感銘を受けたのは2010年の災害を契機に、地域を巻き込む予防活動が展開されていたことだ。地元のニーズを把握すると同時に、地域リーダーを対象にした「メンタルヘルスとは」という研修を開催しており、その後、住民からの聞き取りを行った結果、「生活の向上を目指す」ことに関心があるのが分かり、住民同士が支え合えるシステムを目指すこととした。それを受け、専門家が住民に情報を提供するという方法ではなく、地域住民との対話が行われるようになった。これまでの対話のテーマは、「住民全員が心身共に健康である環境とは」「メンタルヘルスと偏見」「セルフケアグループとは」「グループのアイデンティティとは」だった。また、年に1回、メンタルヘルスの〝お祭り〟を開催し、地域を練り歩いたりブースを出展したり、踊る場を提供したりするそうだ。これらの活動が成功した秘訣としてチリの専門家がいみじくも言い表していたのは、①地域の特性理解②セルフケアを前面にしたメンタルヘルス概念の提示③住民が専門家と協働する自助が可能な地域④固定された専門家グループの継続的な関与だった。このプロジェクトも残り1年半。彼らの経験から引き続き学べることを楽しみにしている。