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HATコラム

防災リテラシーはリスク判断の偏りを正す

阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター上級研究員 立木 茂雄

立木 茂雄
阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター上級研究員


1955年生まれ
関西学院大学社会学研究科修士課程修了後、トロント大学
大学院博士課程修了
同志社大学社会学部社会学科教授
(公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構
阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター上級研究員

2016年8月末に東北地方を襲った台風第10号災害では、岩手県岩泉町のグループホームで9人の入居者が犠牲になった。災害時に要配慮者をどう避難させるかがあらためてクローズアップされている。

避難すればパニックになったり体調を崩したりする人が出るかもしれない。避難せずにいて、うまくやり過ごせる可能性もある。けれども、最悪な場合には悲惨な事態を招くかもしれない。災害が実際に起こった後から考えれば、多少のリスクは覚悟しても、事前に避難することで最悪の事態を回避する方が合理的であった。けれども、岩泉町のような悲劇は、度々繰り返されてきた。

なぜ人は避難しないのか。本稿では、この問題が行動経済学のプロスペクト理論の視点から説明できること、そして合理的な避難行動を促すためには「防災リテラシー(災害に対して、脅威を理解し、必要な備えなどをしていざというときに適切な行動をとっていける力)」が決め手になること、これら2つについて論じる。

損が予想される場面で人間はリスク追求的になる
ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーのプロスペクト理論によれば、損失が予想される場面で人間の判断はリスク追求に偏るという。筆者は、この考え方が「なぜ人は防災対策に積極的に取り組まないのか」という問題にも当てはまると考えた。そこで、2015年の11月から12月にかけて人と防災未来センターが実施した兵庫県県民防災意識調査(2,800人に郵送配布、1,103人から回収、回収率39.4%)の中に、以下のような設問を含めた。

あなたは地震に備えて、自宅の耐震補強をするか悩んでいます。もし工事を行えば費用は250万円ですが、住宅は損傷しないで済みます。行わなかった場合に地震が起こると、50%の確率で住宅は損傷し、修繕に500万円かかります。あなたならどうしますか?

1.耐震補強を行う( 100%の確率で、250万円かかる)
2. 耐震補強を行わない (50%の確率で一銭もかからない。残り50%の確率で500万円かかる)

どちらの選択でも支出の期待値(確率と費用の積)は250万円なので、1と2の選択は同数に割れることが数学的には予想された。しかし実際には、耐震補強する43.5%、耐震補強しない56.5%となり、「不確定な損失場面でのリスク追求(耐震補強に一銭もかけず、うまくやり過ごせるチャンスに賭ける)の偏り(バイアス)」が働いていたことが確認された。

災害時のリスク追求バイアスを抑える防災リテラシー
次に、耐震補強というリスク回避の選択をした人たちの特徴を詳しく調べた。その結果、阪神・淡路大震災で激甚な被害を体験した人たちでは、プロスペクト理論の予想に反して、地震災害による人的・物的な被害について知識量が高いほど、リスク回避の意志が強くなっていた。反対に、被災体験のない人たちでは、地震被害について高度な知識を持つと、むしろ逆に「うまくやり過ごせるチャンスに賭ける」リスク追求的になっていた。

さらに精査を続けたところ、防災リテラシーは、災害の実体験と同様の効果を持つことが確認された。防災リテラシーの高い人たちでは、地震災害がもたらす人的・物的被害について高度な知識を持つほど、リスク回避の判断が強くなっていた。逆に、低い人たちでは地震被害の知識が増えると、何もしないで難を逃れるチャンスに賭けるリスク追求に傾くことが確認された。

本稿では、通所・入所施設での最近の度重なる災害被害が生まれる背景に、確実に損を出すことをためらい、何も起こらないチャンスに賭けてリスクを追求するバイアスに注目した。この働きを正すことが防災・減災の取り組みに直結する。そしてデータに基づいた議論から、防災リテラシーを高めることの重要性を指摘した。