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HATコラム

子どものトラウマと「トラウマインフォームド・ケア」

兵庫県こころのケアセンター 亀岡 智美

亀岡 智美
兵庫県こころのケアセンター


和歌山県立医科大学卒業
日本児童青年精神医学会認定医
兵庫県こころのケアセンター副センター長兼研究部長

近年、子どものトラウマ(心的外傷)領域において、「トラウマインフォームド・ケア」なる概念が注目されている。これは、メンタルヘルス面を支援する際、その子が過去にどんなトラウマを体験し、どのようなトラウマ症状が生じているのかを知り、トラウマがその子の人生にどういった影響を及ぼしているのかを明らかにした上でケアを提供するアプローチである。

この概念の発展を推進する契機となった流れがいくつかある。まず、アメリカ疾病予防管理センターが実施した大規模な調査結果が与えた衝撃が挙げられる。1995年から97年にかけて南カリフォルニアで実施されたこの調査で、子ども期の虐待をはじめとするさまざまな逆境的体験が、その後の社会性の発達や情緒面・認知面の発達を阻害するだけではなく、その人の行動や社会適応、さらには身体健康や寿命にも悪影響を及ぼす可能性があることが明らかになった。すなわち、子ども期のトラウマ体験は、その子の人生全体を左右する深刻な出来事だと判明したのである。 次に、PTSD(心的外傷後ストレス障害)発生に関わる脳のメカニズムについての研究が進んだことである。その結果、通常、恐怖を引き起こす刺激がなくなれば恐怖は収まるが、PTSDでは恐怖が条件付けられてしまい、強い恐怖を引き起こすような出来事が過ぎ去った後も収まらず、ずっと続いてしまうことが判明した。PTSDで認められる症状は、単に心理学的な問題ではなく、身体的な現象であることが明らかになったのである。

さらに、1990年代以降、アメリカを中心に発展してきた子どものトラウマ治療プログラムの開発が大きく進展したことも挙げられる。さまざまな治療プログラムが提案される中、当センターが研究の主眼とする「トラウマフォーカスト認知行動療法(TF-CBT)」は、現段階で子どものトラウマ治療の第一選択として推奨されている。これらのプログラムに共通しているのは、その子自身が過去のトラウマ体験とトラウマ症状の関連を知り、さまざまな症状を自らコントロールできるようになることを重要視している点である。

このような流れの中で、アメリカでは2005年に、全米トラウマインフォームド・ケア・センターが設立され、トラウマインフォームド・ケアの知識や技術の普及啓発に努めている。一般的に、トラウマを引き起こすような出来事を体験した子は、さまざまなトラウマ症状が出現しても過去の体験と関連するとは気付かず、自責感を強め自己効力感を喪失してしまうことが多い。そして、悪循環を繰り返す中で、成人期を迎える頃には、前述のように、さまざまな心理社会的な困難が表出することが多い。そこで「あなたが悪いのではなく、こころがけがをしているからうまくいかないだけである」こと、さらには「過去の体験の記憶を消すことはできないが、これからの生活の中でトラウマ症状を自分でコントロールしていくことは可能である」ことを本人に伝え、自己効力感や回復への意欲を高めてもらおうと考えたのである。

トラウマインフォームド・ケアの基本コンセプトは、治療者、子ども、養育者など子に関わる大人が、①トラウマの広範囲な影響と回復の過程について十分な知識を持つこと②トラウマ症状やトラウマ症状のサインに気付くこと③さまざまなトラウマ症状に有効性が実証された適切な方法で対応することである。

トラウマインフォームド・ケアの導入は、費用対効果の面でも有望視されている。当然のことながら、さまざまな困難が雪だるま式に累積してから支援するよりも、初期の段階でその子本人の回復力を支えるアプローチの方が、効率が格段にいいのである。目には見えないこころの傷を「見える化する」作業であるとも言えるトラウマインフォームド・ケアが、わが国の子どものあらゆる支援の場で導入され、発展していくことを強く望む。