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HATコラム

南海トラフの新たな情報を生かすためにて

阪神・淡路大震災記念人と防災未来センター上級研究員 山﨑 登

山﨑 登
1954年生まれ
法政大学法学部卒業
国士舘大学防災・救急救助総合研究所教授(元NHK解説委員)
(公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構
阪神・淡路大震災記念人と防災未来センター上級研究員

気象庁は今年の11月1日から南海トラフ全体を対象とした、巨大地震発生の可能性を評価する新たな情報を発表することを決めた。

これは政府の検討会が東海地震について、社会や経済の活動を大幅に規制する「警戒宣言」を発表できるような「確度の高い地震の予測はできないのが実情だ」「大規模地震対策特別措置法に基づく現行の地震防災応急対策は改める必要がある」とする報告書を9月26日にまとめたことがきっかけだ。報告書を受けて菅官房長官は「新たな防災対応の構築を急ぐ必要がある」と述べ、政府はこれまでの対応を早急に見直し、関係省庁に対して、南海トラフで異常な現象が観測された際には速やかに情報を発表する新たな仕組みを作 るよう指示した。

これを受けて気象庁は、予知を前提としたこれまでの東海地震の情報の発表を取り止め、南海トラフ全体を対象とした新たな情報を出すことを決めた。新たに発表されるのは「南海トラフ地震に関連する情報」で、「臨時」と「定例」の2つがあり、このうち「臨時」情報は、南海トラフ沿いで異常な現象が観測され、それが想定される巨大地震と関連するかどうか調査を開始した場合などに発表される。この異常な現象について、気象庁は、南海トラフの一部がずれ動いてマグニチュード8クラスの巨大地震が発生し、同じ規模かさらに大きな地震が隣接する場所で発生することが懸念される場合や南海トラフ沿いでひと回り小さなマグニチュード7クラスの地震が発生した場合などを例にあげている。

この見直しは国の防災対策の大きな転換を意味している。というのも東海地震は国が唯一予知できる可能性があるとしてきた地震で、40年近くにわたって予知を前提に国の防災対策を積み上げてきたからだ。予知と防災を車の両輪のようにした「大規模地震特別措置法」ができた昭和53年当時は、地震予知に対する大きな期待があって、科学の力を過大に評価して防災の仕組みが作られた。しかし、その後観測態勢が整い、地下でさまざまな現象が起きていることが分かるにつれて、地震の起き方は複雑で、地震の発生を防災に生かすレベルで正確に予知することは難しいことが分かってきた。実際に平成7年の阪神・淡路大震災や平成23年の東日本大震災は予知することができなかった。

こうしたことから予知に頼らない新しい防災の仕組みが作られることになったが、この仕組みを社会が生かしていくためにはいくつもの大きな課題がある。これまでは3日後に東海地震が起きるという想定で、住民の避難や企業活動などが決められていた。ところが新しい情報は「巨大地震が起きる可能性が、いつもより高まっている」といった相対的な評価の情報で、地震が確実に起きることを示す情報ではない。つまりはあいまいな情報をどう防災に生かしていくかは社会に委ねられたかたちだ。

政府は東海地震対策を集中的に進めてきた静岡県と南海トラフの巨大地震で大きな被害が予想される高知県などを「モデル地区」に指定して、新たな情報が出た場合、どのような対応がとれるのかを検討し、南海トラフ全体の新たな防災対策のガイドラインをまとめることにしている。例えば津波が短時間で到達する危険性の高い地域で高齢者などはどのように避難すればいいのか、またそれぞれの企業や事業所はどう対応すべきなのかなどを考えようというのだ。

この難しい取り組みを進めていくために、まず必要なことは全国の自治体はむろんのこと、学校や病院、ライフラインや流通などの多くの企業や事業所、それに地域社会や一人一人の住民に、新しくなった防災の考え方を正しく理解してもらうことだ。地震発生の可能性が高まった際のリスクを共有し、空振りしたときの社会的な合意が得られるようにしなくてはいけない。

その上で「臨時」の情報が出たときにどう行動するかを一人一人があらかじめ考えておく必要がある。とともに情報に頼り過ぎない心構えも大切で、地震の研究者は何の情報も出ないままに巨大地震が起きることもありうるとしているからだ。事前に高台の避難場所を確認し、強い揺れが来たらすぐに避難するといった自らの備えをこれまで以上に進めておくことが重要なのだ。

つまりは南海トラフの新しい情報を生かすことができるかどうかは、自らの判断で自主的に防災対応がとれる自治体や企業、地域社会や住民を作れるかどうかにかかっているといっていいと思う。