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HATコラム

児童相談所とトラウマインフォームドケア

兵庫県こころのケアセンター副センター長兼研究部長 亀岡 智美

亀岡 智美
和歌山県立医科大学卒業
日本児童青年精神医学会認定医
兵庫県こころのケアセンター副センター長兼研究

児童相談所は、1947年に制定された児童福祉法によって、各都道府県に設置が義務付けられている児童福祉の専門機関である。2016年4月1日現在、全国に209カ所設置されている。当初は、戦災孤児やいわゆる「浮浪児」などへの対応が重要な任務であったが、時代の変遷とともにその業務も多様化し、近年の児童虐待の増加にともなって、その早期発見・早期対応・予防などにおいて、中心的な役割を果たすことが求められるようになった。

児童相談所は、子どもの養護相談・障害相談・非行相談・育成相談(性格行動、適性、不登校など)などを行い、受け付けた相談について調査し、各職種による診断(児童福祉司などによる社会診断、児童心理司などによる心理診断、医師による医学診断、児童指導員や保育士による行動診断など)を実施する。その上で、子どもや家族についての総合的な判定(診断)を行い、個々の子どもに対する援助指針を作成する、とされている。

さらに児童相談所は、一時保護機能や措置機能を有し、必要な子どもを家庭から離して一時保護を行ったり、子どもを児童福祉施設などに入所させたりすることができる。この際、子どもの生命や安全を守るために、必ずしも保護者 (親権者)などの同意を必要としない。つまり、児童虐待事例において、子どもを守るために必要であれば、親権者などが同意していなくても子どもの一時保護を行うことができるし、親権者が子どもの施設入所に同意しない場合、家庭裁判所の承認を得て、子どもを児童養護施設などに入所させることができるのである(児童福祉法第28条)。このように、児童相談所は本来、高い専門性と権限を有しているはずの行政機関なのである。

一方、児童虐待によるPTSD(posttraumatic stressdisorder, 心的外傷後ストレス障害)の生涯有病率が非常に高率である(Kessler,1995)ことが報告され、児童虐待が子どものこころに大きな傷を与えることが明らかになるにつれ、虐待された子どもをトラウマの観点から支援していこうという概念が注目されるようになった。北米を中心に発展してきた、トラウマインフォームドケアである。トラウマインフォームドケアでは、子どもがトラウマとなるようなできごとを体験している場合には、トラウマによる反応や症状を適切に評価し、それを子ども本人や周囲の大人にもフィードバックし、効果が実証された方法で対応することが推奨されている。

児童虐待によるトラウマ反応や症状は、行動上の問題として表出されることが多い。たとえば、気分や行動の制御困難・注意集中困難・反抗的態度・自傷行為や自殺企図・薬物乱用・性的逸脱行動・いじめや反社会的行動など、多岐にわたる。これらの背景にトラウマ症状が潜んでいることを適切に評価し、対応していくことが求められるのである。なぜならば、虐待行為によって感情や行動の制御機能が損なわれている子どもに対して、問題行動の修正や矯正ばかりを求めても、逆効果であるばかりか、「周囲の人は自分のことを理解してくれない」とか「世の中は理不尽なものだ」という子どものものごとのとらえ方を強化してしまい、再び子どものこころを傷つけてしまう恐れがあるからである。

それだけに、児童虐待対応の最前線にある児童相談所には、トラウマに関する高い専門性が求められる。また、児童虐待事例の評価においては、PTSDのアセスメントが必要不可欠である。残念ながら、現状では、このようなトラウマインフォームドケアを導入している児童相談所は、まだごくわずかである。しかし最近、熱意のある児童相談所職員の間で、関心が高まりつつある。この流れが拡大し、大きな成果として実を結ぶことを期待したい。