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HATコラム

 

災害時の病院避難は、誰がどのように判断するのか?

阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター上級研究員 甲斐 達朗

甲斐 達朗
1951年生まれ
兵庫医科大学卒業
大阪府済生会千里病院・千里救命救急センター顧問
(公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構 阪神・淡路大震災記念
人と防災未来センター上級研究員

2016年熊本地震では、余震による倒壊の恐れから熊本市民病院が、スプリンクラーの誤作動による病院機能低下のために熊本セントラル病院が、またライフラインの途絶のため2精神科病院が、病院避難を行ったことは記憶に新しい。熊本市民病院長は、病院避難の決断を、「苦渋の決断であった」と述べ、「判断が困難であった」と述べている。

病院BCP策定の必要性を求められているが、普及が進んでいないのが現状である。特に問題となっているのは、地震災害等で病院避難を実施するか、医療を継続するかの判断である。病院避難の決定は、病院長がその判断を下すものであるが、決断すれば、被災状況下での病院撤退に伴う入院患者の転院先の確保、その搬送手段の確保、搬送中の患者の医療安全上の確保の準備、また病院撤退等による減収に対する運営の責任等を負わなければならず、容易に決定が下せるものではない。一方、医療継続を判断すれば、病院の機能低下の状況下で入院患者の医療継続、患者および医療従事者・職員の安全確保の責任を負わなければならない。

電気・水等のインフラの被害に対しては、自家発電・水の備蓄等の事前の準備で病院避難の判断までには時間的余裕があり、また燃料・水の補給などの応急対応も可能であり、その対応策も考えている病院は多い。また、応急対応の実施可能程度の判断で、病院の機能低下の状況を判断し、医療継続が可能かを病院長等の医療関係者で判断することも可能である。

しかし、地震等の災害で病院倒壊のリスクから病院避難を判断することは、医療関係者では不可能である。現在行われている地震発生後の建物判断基準の被災建築物応急危険度判定は、建物の外装からの判断を行い、行政により2次被害防止の観点から行われるが、病院建物は規模も大きく、構造種別も複数にわたるため病院避難の判断としては不適であると言われている。被災度区分判定は、建築の専門家が建築図面や現地調査を実施し詳細調査を行い判定するので、病院避難の判断には最適ではあるが、地震直後に図面も構造計算書もない状況での目視判断では、一見して倒壊の危険性を判断できるほど損傷がある場合以外は、病院避難の判断は困難である。ただ、病院を設計した設計事務所や施工業者なら地震直後の判定も技術的には可能と言われている。医療従事者が、判断できない現状では、病院BCP策定上、設計事務所や施工業者と事前契約を結び地震直後の判断を委ねる必要があると思われる。しかし、設計事務所や施工業者のマンパワーや医療機関数を考えると、全ての医療機関が事前契約を結ぶことも困難であろう。

そこで大地震直後に病院の使用継続を判断する方法として、摂南大学の建築専門家は、病院幹部、病院施設系職員・事務系職員を対象として、建築図面・構造体からどのように建築被害を判断して病院関係者自身が病院撤退の判断を行うかの研修を行っている。また常葉大学の建築専門家は、事前に病院を訪問調査し、化粧板のない柱を事前に同定し被災後にそれらの柱等の損壊状況の写真を建築専門家に送付し、病院撤退の判断を行う方法の開発・研修を行っている。しかし、医療機関への認知度、費用の問題等から一般にはまだ普及していないのが現状である。

日本災害医学会は、会員数4,000人を超える学会であり、病院の災害対応に関した啓蒙・普及のため、各種のセミナー・研修会を学会主催として行っており、病院BCP策定も課題の一つである。建築専門家と協力し病院BCP策定、特に建物倒壊の危険性に伴う病院避難の研修会を開発・普及していくことが急務と考えている。