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HATコラム

 

洪水ハザードマップは正しい情報を提供しているか

阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター上級研究員 中川 一

中川 一
1955年生まれ
京都大学大学院工学研究科修士課程交通土木工学専攻修了
(工学博士)
京都大学防災研究所流域災害研究センター教授
(公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構 阪神・淡路大震災記念
人と防災未来センター上級研究員

平成27年7月に浸水想定区域図を規定する水防法が改正された。これは近年、洪水、内水、高潮により想定を上回る規模の浸水被害が多発しており、想定し得る最大規模の洪水に対する避難体制等の充実・強化を図ろうとするものである。これにより、現行の洪水に係る浸水想定区域について、想定し得る最大規模の洪水に係る区域に拡充して公表することになった。要は、想定し得る最大規模の降雨を与えて浸水想定区域を指定しなおそうとするものである。このいわばパラダイムシフトは平成23年の東北地方太平洋沖地震でのL2の地震外力と津波被害の考えを洪水災害にも当てはめて降雨規模を設定しようとしたものである。

例えば、淀川水系では想定外力として、これまでは枚方地点の上流域で500mm/2日の雨(おおよそ200年に1回発生する降雨)を与えていたものを、360mm/24時間(おおよそ1000年に1回発生する降雨)を与えて、淀川の浸水想定区域を指定し、平成29年6月14日にこれが公表されている。都道府県も洪水予報河川および水位周知河川について、1000年に1回発生するような降雨を与えて、それぞれの河川の浸水想定区域図を改訂しているはずである。そして、市町村はこの浸水想定区域図を基に洪水ハザードマップを作成することになっている。

洪水予報河川や水位周知河川以外でも、防災マップといった名称で洪水ハザードマップや土砂災害ハザードマップのようなものを準備している市町村が多くある。さて、想定し得る最大規模の外力が生じたときにはもはやハード対策では対応しきれず、避難等のソフト対策により、家屋等の財産の被災は逃れられないが、人の命は守ることができよう。このような時にこそハザードマップが役に立つと考えられている。しかし、私は「想定し得る最大規模の降雨」を外力として与えた段階で、今の洪水ハザードマップと土砂災害ハザードマップは正しい情報を与えられなくなった、と思っている。九州北部豪雨災害でも顕在化したように、大規模な降雨が生じたときには国が管理している1級河川に流入する県管理の支川では、崩壊や土石流により大量の土砂の生産・流送・堆積により河床が上昇した。これにより、河道は計画していただけの洪水を流せる断面を有しなくなったため、洪水だけでなく、土砂や流木が河道から溢れて氾濫・流動・堆積し、その過程で多くの人命や家屋等が被災したのである。

九州北部豪雨災害の報告資料1)によると、死者・行方不明者41人のうち、屋内での犠牲者数は32人と約8割にも及び、洪水による死者数は18人、土砂による死者数は23人と、家にいて洪水で亡くなったと思われる事例が多いことが分かる。また、避難行動をとらずに亡くなった人が41人中36人にものぼり、避難を見合わせていたところ被災したと考えられている。

防災マップが、洪水・土砂・流木の氾濫・堆積の「一連の現象」を再現した解析結果に基づいて少なくとも浸水の範囲や規模を、できれば土砂や流木の氾濫・堆積の範囲や規模もわかりやすく示せていたら、住民が家に留まったまま避難せずにいただろうか。1000年に1回発生するような降雨に対して、「一連の現象」としてどのようなことが起こるのかを正しくマップに表示する必要がある。ところが、現状の洪水ハザードマップや防災マップのように河道の断面積は変化せず、水だけが氾濫するとしたマップは正しい情報を提供しているだろうか。今回の朝倉市の洪水予報河川や水位周知河川ではないような流域での水害が今後ますます増えることが懸念される。洪水ハザードマップや土砂災害ハザードマップを信頼の足るものにするための研究がまだまだ必要であるし、これを普及させて住民が記載内容を理解できるように説明することが重要である。1)「 平成29年7月九州北部豪雨による人的被害の特徴(序報)(静岡大学防災総合センター 牛山素行 日本災害情報学会)」