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HATコラム

産業維持のため地震時の機能不全の全体像を俯瞰し個社の対策を進める

阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター上級研究員 福和 伸夫

福和 伸夫
1957年生まれ
名古屋大学大学院工学研究科建築学専攻博士課程前期課程修了
名古屋大学減災連携研究センター長・教授
(公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構 阪神・淡路大震災記念
人と防災未来センター上級研究員

 

最大クラスの南海トラフ地震が発生した場合の経済被害は、ストック被害である直接被害が169兆5,000億円、1年当たりのフロー被害としては生産・サービス低下による被害が44.7兆円、交通寸断の影響が6.1兆円と試算されている。フロー被害は、回復が長期化し複数年にわたればその分拡大する。

日本の固定資産は約1,700兆円、フロー資産(国内総生産GDP)は約500兆円なので、ストック被害とフロー被害は、それぞれの1割に当たる。予想被災地の製造品出荷額は180兆円弱であり、日本の6割を占める。フロー被害のうち、製造業被害は17兆円に及び、製造業のGDP約100兆円の17%に相当する。

本年6月に土木学会が発表した南海トラフ地震による予想経済損失額は、20年間で1,410兆円にも及ぶとされる。このような事態となれば、産業立国・日本は国際競争力を失い、衰退へと向かってしまう。

社会の持続には、人命に加え、生業の維持が必要である。筆者が活動する東海地域は、わが国随一の産業拠点である。平成29年工業統計速報によれば、日本の工業出荷額は300兆円で、愛知県の出荷額44.6兆円は、2位・神奈川県16.2兆円の2.8倍に上る。3位・静岡県16兆円、9位・三重県9.9兆円、岐阜県5.3兆円を加えると東海4県で75.8兆円と、日本の4分の1を占める。愛知県の平成29年工業統計調査結果によると、自動車産業が集積する西三河地域(10市町、人口161万人)の出荷額は25.1兆円に上る。豊田市は14.2兆円であり、埼玉県や千葉県をも上回る。西三河の産業がダメージを受ければ日本の存立にも関わる。逆に言えば、西三河の製造業が防災対策を推進すれば、サプライチェーン(SC)を介して他地域にも波及すると言える。

3万点もの部品を組み立てる自動車産業の事業継続には、インフラ・ライフライン確保に加え、SC全体の対策が必要であり、市町村を超えた広域連携が鍵を握る。そこで、西三河の10市町と産業界・大学が連携した西三河防災減災連携研究会を2013年に発足した。研究会には、電力、ガス、自動車産業に加え、国の地方出先機関や県、高速道路会社なども参加している。毎年、巨大地図とプロジェクションマッピングを組み合わせたワークショップを実施して、連携して解決すべき課題を探し、災害情報共有、避難所の相互利用、緊急輸送道路、上下水道などについて、議論を深めてきた。

自動車産業は、数万社の協力会社から成る巨大なSCを構成しており、ボトルネックが不明確だった。そこで、2014年に有志が集い、各社の弱点を本音で語るホンネの会を発足した。当初は、信頼関係を築いていた電力、ガス、自動車の3社と始めたが、徐々に仲間が広がり、現在は、民間、行政など70程度の組織が毎月集まって、防災課題を議論している。ホンネの会は、各業種から1社を原則とし、生産に必要なインプット、プロセス、アウトプットについて、自社の弱点を含め披露することを参加資格にしている。議論の内容は口外しないこと、議事録を残さないことなどを原則にすることで、言いにくいことが言える環境が醸成でき、種々の課題が浮かび上がってきた。

また、中部経済連合会は、企業の地震対策に関するアンケートを実施し約2,000社からの回答を得て、「地震災害から生産活動を守るための方策の提言」をまとめた。その結果、下記のようなことが明らかとなってきた。

工場の稼働には、建物が損壊しないことに加え、設備機器の保全、技術者の確保、生産システムの維持が前提となるが、総合的な対策は進んでいない。また、仕入れ先からの部品・素材の納入や顧客への納品が滞れば操業できないが、中小企業の防災対策が進んでいない。工場の稼働には、電気、ガス、水、燃料、情報通信などが必要であり、部品供給や製品搬出には物流の確保(航路・道路、船舶・車両、運転手)が不可欠である。また、従業員の確保には、地域社会の健全性と通勤手段の確保が必要になる。

水と電気と燃料は三すくみの関係にある。工業用水が湾岸に届かなければ発電や製油ができず、電気がなければ浄水・給水や製油ができず、燃料がなければ発電や給水ができない。水の供給には多くの組織が関わり、これらを支える道路も高速道路、国道、県道、市町村道で管理主体が異なる。復旧に必要な重機のほとんどはリースやレンタルであり、多くが浸水危険度や液状化危険度の高い場所に保管されている。

産業界の機能不全の全体像が不明確なため、地域ぐるみの対策や、SC内の企業群の対策、業界内連携などの集団的防災対策が進んでいない。産官学民が信頼関係を醸成し、情報を共有して致命的な災害病巣を見つけ、早期に治癒・切除する必要がある。このために、呉越同舟で地域愛に基づいて総力を結集し実践に移したい。