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HATコラム

トラウマからの回復とトラウマインフォームドケア

兵庫県こころのケアセンター副センター長兼研究部長 亀岡 智美

亀岡 智美
和歌山県立医科大学卒業
日本児童青年精神医学会認定医
大阪教育大学学校危機メンタルサポートセンター客員教授
兵庫県こころのケアセンター副センター長兼研究部長

トラウマとはこころにケガを負うことである。多くの場合、そのケガの原因は、自分には何の落ち度もない理不尽な体験である。それだけに、トラウマとなるようなできごとを体験した人は、これまでその人が培ってきた安全感を脅かされ、世の中や周囲の人や自分自身についての信頼を裏切られることになる。その結果、「世の中は危険だ」「自分の周りの人は危険な人だ」というように、自分の周囲の世界をとらえるようになる。また、「誰にもわかってもらえない」とか「世の中は不公平だ」とか「このできごとが起きたのは自分のせいだ」と考えるようになる。さらには、「自分はダメな人間だ」「生きている価値がない」などのとらえ方が優勢になり、明日に希望をもって生きていこうとする勇気をくじかれる。

また、トラウマとなるようなできごとは、圧倒的で恐怖や苦痛に満ちているために、未整理のまま、非常に鮮明で断片的な記憶としてとどまり続けるとされている。そして、恐怖が条件づけられると、現在の生活における無害な刺激が引き金となり、本人の意思とは無関係に鮮明にそのできごとが想起されることになる。そうなると、その人は現在を生きているにもかかわらず、過去の記憶に対応することで精いっぱいになり、健康な人のように自分の能力のありったけをこれからの人生に投資することができなくなる。そして、疲れ切り希望を失ってしまうことが多い。

このような状態にある人への支援において、従来実施されてきたような、トラウマに目を向けない対応方法は功を奏さないことが多い。トラウマによる症状は、日常生活上の問題として現れることが多い。たとえば、トラウマとなるできごとに関する悪夢がひどく眠れない人は、当然朝適切な時間に起きることができない。その結果昼間も臥床がちになるかもしれない。あるいは、世の中や周囲の人が危険だととらえている人は、当然外出ができなくなり引きこもりがちになる。支援者が、トラウマによるこれらの症状や反応に気づかずに、生活リズムを整えるように指導しても改善は難しいかもしれない。そればかりか、一方的にその人の到達不可能な目標を設定することは、その人に失敗体験をさせることになり、自分に対する信頼を失ってしまっている人の自信をさらに喪失させることにもなりかねない。そして、その人は、「やはり誰も理解してくれない」「自分はダメな人間だ」などと、否定的なものごとのとらえ方を強めてしまうのである。

トラウマを有する人たちの支援において、最初になすべきことは、「あなたのこころはケガをしているかもしれない」ということを指摘することである。そして、「自分が悪いから今の状態になっているのではなく、こころがケガをしたからうまくいかなくなったのだ」ということを、その人自身が気づくことが何より大切である。このようなプロセスを経て、トラウマを有する人は、一度あきらめた自分の人生をもう一度わが手に取り戻すことができるのである。そして、これがトラウマからの回復の第一歩となるのである。

最近、支援現場におけるトラウマに鈍感な支援が、トラウマを有する人をさらに傷つけてしまうことが明らかになっている(SAMHSAのトラウマ概念とトラウマインフォームドアプローチのための手引き http://www.j-hits.org/child/pdf/5samhsa.pdf)。わが国においても、トラウマとなるできごとを体験し、こころにケガをしている人は数多く存在するということが報告されている。それだけに、さまざまな支援現場において、トラウマに敏感な支援が普及していくことが望まれる。