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野々山久也研究統括のクォーターリーコラム


研究統括:野々山 久也 Hisaya NONOYAMA

研究統括
野々山 久也

1942年生まれ。
大阪市立大学大学院生活科学研究科修士課程修了。博士(社会学)
甲南大学文学部教授・(公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構研究調査本部研究統括


超高齢者の所在不明と家族変動

2010年度夏号

                   

 120歳を超える高齢者なのだから、高齢者というよりは「超高齢者」という方が正しい。関西の大都市にかぎらず全国の大都市の多くで、所在不明の超高齢者のいることが次々に明らかになっている。行政による住民管理の任務遂行に対する不備を突くことは簡単である。また家族関係が希薄になっているからだと、評論家ぶることも簡単である。確かにそれらも当面の要因ではあろうが、なぜこのようなことが生じてきているのか。むしろ、そのメカニズムを考えてみたい。

 個別の事例としては、死亡後も届け出ずに年金を掠め取るためといった不埒な事例、あるいは捜索願を出しているが、そのままになっている事例、さらには身寄りがなく、ひっそりと孤独死していたり、ホームレスのまま住所不定で老人ホームや精神病院などに入所・入院している(あるいは、していて死亡した)事例など、もちろんそれぞれ事情が異なっている。一概には論じられない。とはいえ、そこには現代における社会変動ならびに家族変動の大きな流れという共通要因があることも事実である。

 その第1は、社会のあり方の変化、すなわち移動移住社会へという大きな社会変動という要因である。わが国は、かつては農業を中心とした定住社会であった。しかし戦後の高度経済成長期をへて、サラリーマン化が生じ、職業移動をはじめ、地理的移動や社会的地位の移動など、社会全体が移動社会に変化してきた。だがそれは、移住しても新しく建設されたニュータウンなどへの定住を求めての移動であって、いわゆる移動定住社会への変化であった。ところが今日では、移動は定住を約束しない。移動は定住なしの恒常的な「移動移住社会」へと、さらに変化してきている。かつて存在した地域共同体は、すでに崩壊しており、長期間に渡って隣人の家族関係や親族関係までも知ることは不可能である。

 その第2は、超高齢化という現象である。わが国は、かつて経験したことのない人口構造の時代に突入している。国民総長寿化時代(マス・ロン時代)の一般化は当然のこと、今日では国民総百寿化時代にさえ成りうる可能性もなきにしもあらず、である。新聞事例のように120歳を超える年齢の超高齢者の家族関係といっても、息子や娘たちは、すでに90歳を超えている可能性があり、孫たちも高齢者になっているだろう。濃密な家族関係や近親関係が維持されていることを期待すること自体が滑稽である。とはいえ確かに、かつては百歳を超すような高齢者が地域にいれば、地域の人びとから敬愛され、注目の的になっていて、誰もが放置しておくことはなかった筈である。かつても放置されていた、あるいは身寄りなく放浪していた高齢者が皆無であったとはいえないが、これほど多数の発生、それも大都市での発生という事実からして、やはり今日的な「超高齢化という現象」が新たな要因の1つになっていることには疑いの余地はない。

 その第3は、家族あるいは近親関係のあり方の変化、すなわち家族変動である。かつての日本の家族は「直系制家族」といって、長男が跡を取り、二・三男たちは分家していた。つまり親の財産を継承するのは長男であって、その他の弟や娘たちには相続権はなかった。その分、老後の両親の面倒(扶養)は、すべて長男、勢いその嫁が看るものと定められていた。さまざまな理由で家族行事を定期的に催すことによって、両親の面倒が長男夫婦によって確かに担保されているか否かが確認されていた。当時としては身寄りのない高齢者以外に、高齢になった老親が所在不明になるなどということは在り得なかった。

 しかし今日では、完全に均分相続が法制化され、兄弟姉妹間において財産の相続を対価にして老親扶養の責任を担保すること自体が消滅してしまった。現実的には老親扶養は、規範というよりは親密な拡大家族ライフスタイルを維持したいという生活選好が存在するか、あるいは特別な利害が存在しないかぎり家族関係や近親関係において維持されることはなくなった。戦後の「夫婦制家族の時代」から、さらに私が名づけている「合意制家族の時代」に入った今日、そして出産児数も少なくなった少子化の時代に、超高齢になったあと、極めて幸せな老後を体験する超高齢者たちもいるが、その一方、誰からも面倒(扶養)を看られないで孤独死することになる超高齢者も増えることになる。

さらに第4、第5と挙げていけば、重要な要因がまだまだ指摘されるだろうが、ここでは最後に、このような状況に対して「長寿国にっぽん活性化戦略」として何らかの政策提言をしておきたい。以下、とりあえず4つを提言しておく。

 第1は、わが国では、かねてより還暦はもちろん、録寿、古希、喜寿、傘寿、米寿、卒寿、白寿、百寿、茶寿、椿寿、皇寿、大還暦など、長寿を祝う風習がある。家族の日の制定もよいが、それよりも長寿を家族、地域、地方自治体、そして国が住民の一人ひとりを個別に祝うことによって長寿を承認し、祝福しあう運動をさらに盛り上げるべきである。

 第2は、合意制家族の時代の真の価値は、思いやりの心(憐憫の情)である。ヒューマンケア(共生)の精神と言ってもよい。それをわが国固有の伝統的な歳時記の確認をしながらマスコミをはじめ、家庭、学校、地域、そして国中で活性化させることである。特定の宗教や道徳の強要ではない。ややもすれば弱肉強食が合法的に肯定されてしまいやすい今日、日本人が人間として生きていくべき原理の再確認作業である。

第3は、地域での見守り活動の徹底化である。長寿を祝う運動を展開しても、それから漏れる高齢者が出てくる。身内から本人が長寿など祝っていらないと言っていると遮られてしまえば、接近困難となる。地域の見守り活動は、すでに阪神・淡路大震災後、コレクティヴ・ハウジングなどシルバーハウジングにおいて展開されてきているが、それをそうした施設内のみならず、全国的に各地域で活性化させることである。もちろん、住民主体で実践されるべきであるが、ある程度の財政的な行政的サポートは不可欠だろう。

 第4は、超高齢社会に対応した行政による全面的なレジーム転換である。やはり年金制度の被保険者としては、公的に杜撰な給付がなされていること自体に不満感が生じる。民間の個人年金であれば、生存しているか否かは最優先してチェックされる作業である。受給者個人は、生存の確認をチェックされる義務があり、かつ保険者(行政)は、チェックする義務があることを改めて確認しておきたい。個人情報を保護するためにも、行政は、不可欠な個人情報は常にしっかりと把握し、必要な場合には、いつでも開示できる準備を整えておくべきである。


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