「アジア太平洋研究賞」 樋渡雅人氏 論文要旨

「ウズベキスタンにおける慣習経済の機能と役割」

-アンディジャン州におけるマハッラの共同体像と社会的紐帯-

写真 樋渡雅人

樋渡 雅人(ひわたり まさと)
  • 【経歴】

    2001年3月東京大学教養学部卒業。2003年3月東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻修士課程修了、同年4月同研究科博士課程進学。2003年から2006年迄、学術振興会特別研究員。2006年3月年東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了、博士号(学術)取得。2006年4月より東京大学大学院総合文化研究科研究生。

旧社会主義国における社会経済発展を考察する場合、果たして、それを単に「命令経済」(command economy)から「市場経済」(market economy)への移行として捉えるだけで良いのであろうか。その地域には、人々が営々と築き上げてきた「慣習経済」(customary economy)が存在するはずであり、それは経済発展において大いに活用しうる豊かな資源として捉えることができるのではなかろうか。本論文は、このような問題意識から、旧ソ連中央アジアの市場移行国であるウズベキスタンを対象に、移行期の経済的苦境の中で、慣習経済の担ってきた積極的な機能を明らかにし、基盤となる構造を「マハッラ」と呼ばれる地縁共同体の実態調査を通して検討することを目的としてなされた研究である。マハッラとは、本来、イスラーム圏の諸国における都市生活の基本的な単位(街区)であったが、近年のウズベキスタン政府は、マハッラの復興を標榜し、これを政策に取り込むことによって開発を進めようとしている。本論文では、このマハッラ分析を通して、慣習経済の活用という政策的課題に対しても含意を与えることを目指した。

本論文の論証は、定量分析と実態調査に依拠している。本論文前半では、近年のウズベキスタンの経済社会的状況を概観した上で、全国規模の家計調査の個票データを用いて、互酬ネットワークの発生要因に関する計量分析を行った。これによって、慣習経済に内在するインフォーマルな社会保障機能を析出するとともに、血縁、地縁、民族等との関係性を検証した。

さらに後半では、アンディジャン州におけるマハッラの実態調査を通して、上述のような計量分析によっては到達できなかった慣習経済の内部構造に可能な限り接近することを試みた。共同体を対象とした従来の開発政策議論は、「明確な境界線」と「同質な構成員」によって象徴される機能的な共同体像を暗黙裡に前提とする傾向があった。本論文では、イスラーム研究における共同体像から含意を得つつ、上述の機能的共同体像を相対化した視座から、調査地のマハッラの構造分析を行った。すなわち、調査地において実施した家計調査、親族関係調査、ライフヒストリー調査等によって得られた一次資料を駆使し、マハッラにおいて、どのような性格の社会的紐帯が、どのように張り巡らされているのかを検証した。最終的に導かれたマハッラの共同体像は、その構造上、「曖昧な境界線」と「異質な構成員」を伴っていたが、それは、相互扶助の基盤としての1つの共同体のありかたであった。最後に、マハッラごとに異なる政策適性を把握する上で、本論文の提示した視座が、有用な指針になり得ることを指摘した。

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