「アジア太平洋研究賞」(佳作) 小野林太郎氏 論文要旨

「セレベス海域における海洋資源利用と生計戦略」

-民族考古学的アプローチからの地域研究の試み-

写真 小野林太郎

小野 林太郎(おの りんたろう)
  • 【経歴】

    1998年上智大学文学部史学科卒業。2000年上智大学大学院外国語研究科地域専攻博士前期課程修了。同年4月同研究科地域専攻博士後期課程入学、および日本学術振興会特別研究員(DC1)。2003年3月同課程単位取得退学。同年4月より日本学術振興会特別研究員(PD/国立民族学博物館)を経て2006年3月博士号(地域研究)取得。2006年4月より国立民族学博物館外来研究員、および上智大学アジア文化研究所客員研究員。

本論文は「セレベス海域」を舞台とする人々の海洋資源利用と生計戦略を、歴史的視点に基づいて分析した地域研究として実践された試みである。「セレベス海域」とは、フィリピン、マレーシア、インドネシアという3カ国によって分断されたアジアの熱帯海域世界である。しかし、本論文は地域を「国家」という視点ではなく、あえて「生態」と「歴史」に着目することで「海域」という新たな視点と資源利用という脈略の中で、対象地域の「現在」を読み解くための「過去」を基層文化として提示した。

こうした「基層文化」に基づく新たな地域像の提出と、「資源」を巡る人々の営みや生計戦略に着目することは、地域研究においても、過去を対象とする歴史研究においても最も必要とされている方向性の一つである。なぜなら、この視点なしには「セレベス海域」で生じている大規模な人口移動、海賊行為、そして海洋資源をめぐる紛争といった現在進行形の問題群を正確に理解し、将来の問題解決へと向かうことが困難であるという認識がある。

本論文はこのような問題意識の下に試みられた。その中心となる方法論としたのが、民族考古学というアプローチである。これは考古学の分野で発展した方法論であるが、「過去」と「現在」の人間行動を同時に対象とできる点にその大きな特徴がある。この方法論を積極的に利用することで、申請者は「セレベス海域」における「過去」を模索する目的から、先史時代遺跡を対象とした発掘調査を実施し、過去の資源利用に関わる豊富なデータを収集・分析した。一方、「現在」に対しては、遺跡周辺に居住・生活しているサマやバジャウと呼ばれる人々を中心に、彼らの漁撈を中心とする経済活動を長期に渡る綿密なフィールドワークにより観察・記録した。

さらに「現在」を対象とした人々の生計活動に関する生態学的な特徴は、共通の生態環境下においては、「過去」における人々の活動を検討する上でも重要な情報を提供してくれる可能性がある。この理論に基づき、本論文では「セレベス海域」で申請者によって収集された情報の他に、「セレベス海域」と類似した生態環境と歴史的共通性をも南太平洋における考古学、および民族誌的情報を広範囲に検討し、「過去」から「現在」に至る人々の海洋資源利用と生計戦略に関わる「生態史モデル」の形成を試みた。

本論文の最終章では、この「生態史モデル」を軸として、「セレベス海域」における人々の資源利用と生計戦略について検討した。その結果、興味深いことに人々の海洋資源の積極的な利用は、植物や動物などの陸上資源を補う目的が前提となることが明らかとなった。従って、「セレベス海域」の東部や南太平洋など陸上資源に制約の多い生態環境では、海洋資源の利用に関する技術や方法がより発展するとともに、資源利用をめぐる社会的制約が強まった。一方、豊かな陸上資源を有するボルネオ島などでの海洋資源利用は、沿岸域での利用に集中し、海は人やモノが移動する場として機能してきた「基層文化」を指摘した。

さらに「セレベス海域」西部においては、資源の交換経済を基礎とし、バジャウ人のような海洋資源の利用のみに集中する集団や、プナン人のように森林資源の利用を専業化する集団といった多様な集団の共存も、「基層文化」という視点からより柔軟な理解ができることを提案し、また今後の課題について整理した。

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