基調講演2

シンガポールにおけるガーデン・シティの誕生・発展・管理

写真 安藤 忠雄

安藤 忠雄  ●建築家・東京大学大学院工学系建築学科教授

1941年大阪府生まれ。独学で建築を学ぶ。1969年安藤忠雄建築研究所を設立。「住吉の長屋」で79年度日本建築学会賞を 受賞。その後、95年朝日賞、プリツカー賞など国内外の数々の賞を受賞。現在、建築家、東京大学教授として活躍。阪神・ 淡路震災復興支援10年委員会実行委員長として被災地の復興支援に取り組んでいる。


日本人が、それまで受け継がれてきたモノを大切にする心、自然に対する豊かな感性、常に他者の存在を意識する公共精神、 そういった価値観の一切を放棄して、ただ拝金主義の道を突き進むようになったのは、間違いなく戦後、50年代の頃からだろう。分不相応な生活を追い求め続けた、その結果が現在の日本の貧しい都市環境である。大量生産、大量消費のシステムは完全に破綻を迎えた。私たちは大きな意識転換を迫られている。
 その現在だからこそ、人間は<緑>のことを考えるべきだと思う。使い捨て社会にあって、<緑>は変わらず命あるものの大切さを、日常の経験を通じて私たちに教えてくれる、尊い存在だ。
 私は建築家を職業としているが、この仕事の社会的意義とは、環境に対する責任であると考えている。ただ建物をつくるだ けでなく、周囲の自然との関わりを考え、地域社会との関わりを考えて、場所全体、環境そのものの向上を主題として、建築をつくり続けてきた。特に、活動拠点を関西圏におく私の場合、ほとんどの仕事が、瀬戸内海から大阪湾、内陸部に至る地域に集中している。一つ一つの建築を通じて、街づくりに何か貢献できないか、ということも考えている。
 環境の活性化という意味では、現在参加している植樹運動もまた、建築家の仕事だと思っている。阪神淡路大震災を契機に始めた被災地に白い花の咲く木を植えていこうとする<ひょうごグリーンネットワーク>、平成12年に始めた瀬戸内海の島 々に100万本の木を植えていこうとする<瀬戸内オリーブ基金>などの取り組みだ。時間も手間もかかり、多くの人々の力で 支えられて、何とか続けられているものだが、私としては、社会的に最も大きな意味を持つ仕事だと考え、運動の存続に悪戦苦闘を続けている。
 <瀬戸内オリーブ基金>では、植樹のほか、地域の小学生達にドングリを拾って植えてもらう<ドングリ大作戦>や、他に小学校に児童が入学する際、その記念に桜の木を植えていこうとする計画など、さまざまなアイディアも試みている。<緑>と同時に地域共同体の再構築にもつながらないかと期待してのものだ。結局、環境をよくするのはそこに生きる人間一人一人の意識改革、それしかない。瀬戸内海での小さな試みが、アジアに対し何か発言できるまでに大きく発展していくことを願っている。
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