第13回アジア太平洋研究賞(井植記念賞)佳作受賞者 小林 篤史氏

論文タイトル「19世紀における東南アジア域内交易の発展―シンガポールの役割を中心に」

写真 小林 篤史 氏
小林 篤史

【略歴】

2009年3月筑波大学人文学類卒業。2009年4月京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科入学。2014年3月同大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了(地域研究博士)。2014年4月日本学術振興会特別研究員(PD)政策研究大学院大学所属。専門は東南アジア地域研究、アジア経済史。

 

【要旨】

 
 従来の近代東南アジア貿易に関する研究は、19世紀末以降の西欧植民地化といったウェスタン・インパクトこそが東南アジアの貿易成長をもたらし、世界経済への統合を進めたと論じてきた。こうした通説に対し、本論文は19世紀前半からの東南アジア域内交易の発展が、地域の自律的な世界経済への参入をもたらした側面を、シンガポールの役割に注目して明らかにすることを試みた。
 本論文の第1部では、19世紀に刊行された東南アジア諸地域の貿易統計から、「東南アジア域内交易」を定義し、その動向を数量的に捕捉した。1820年代から1913年にかけて東南アジア各地域間のローカルな交易である域内交易は成長しており、そこでは自由港シンガポールが中心的な位置を占めていたことが明らかとなった。
 第2部では、東南アジア域内交易の成長を支えた、通貨制度の機能と地域市場の構造を考察した。域内交易の決済手段としては銀貨が重用され、19世紀中葉の東南アジアではシンガポールを中心に、国際金融組織と現地貨幣システムの融合による銀貨流通の拡大が起こったことを明らかにした。さらに、価格データから、シンガポールの市場が国際商品だけでなく、東南アジア域内での消費財価格も成立する結節点として機能したことを論じた。
 第3部は、域内交易を担った商人活動の実態に迫った。19世紀のシンガポールでは西欧商人と共に、東南アジア各地の市況に通じたアジア人商人も活動しており、彼らの間の取引は多様な言語を操る華人商人が仲介した。そうした商人ネットワークによって西欧綿製品といった国際商品だけでなく、米といった現地消費財の域内交易も拡大したことを実証した。
 結論では、19世紀を通したシンガポールをハブとする域内交易の発展という実態から、東南アジア交易の発展径路はウェスタン・インパクトにより断絶されたのではなく、それを受けた自律的な変容を遂げたことを指摘した。
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