第15回アジア太平洋研究賞(井植記念賞)受賞者 里見 龍樹氏

論文タイトル「ソロモン諸島マライタ島北部のアシ/ラウにおける「海に住まうこと」の現在:別様でありうる生の民族誌」

写真 里見 龍樹氏
里見 龍樹

【略歴】

 専門は文化人類学、太平洋地域研究。博士(学術)。2004年、東京大学教養学部卒業。2007年、同大学院総合文化研究科国際社会科学専攻修士課程修了。2008年より、ソロモン諸島マライタ島で断続的なフィールドワークに従事。同専攻博士課程を経て、2009年、東京大学院総合文化研究科超域文化科学専攻博士課程に入学。2014年、同博士課程を単位取得退学。現在、日本学術振興会特別研究員(PD)。また、博士論文は風響社より2016年度中に出版予定。

【要旨】

 
  南西太平洋、ソロモン諸島マライタ島の北東岸に広がるサンゴ礁には、アシ(海の民)またはラウと呼ばれる人々が岩を積み上げて築いた人工の島が、90以上点在している。今日でも、大多数の島には数人から数百人が居住しており、自給的農耕と漁撈や市場活動を組み合わせた生業を営んでいる。本論文は、約17か月間に渡る現地調査に基づき、アシの人々が営んできた特徴的な生活様式の現状について明らかにしようとするものである。
  今日のアシには、自分たちの居住・生活の現状を一方で受け入れつつ、他方で同時に、それとはまったく異なる生活のあり方を不断に想像しているという、二面的な状況が認められる。たとえば多くの人々は現在、海岸部での人口増と耕地不足への懸念から、近い将来にマライタ島内陸部に移住するという構想を抱いている。このような構想は、「われわれの住み場所」としての「海」の自明性を疑問に付すとともに、「海の民」としての集合的同一性をも相対化するものである。本論文ではこのように、現にそうであるような居住・生活が、つねに同時に別様な、またそれ自体として多様な居住・生活の可能性をともなっており、人々がそれらの間で揺れ動き続けているような状況を、「偶有性」(別様でありうること)という概念で言い表す。
 アシの「海に住まうこと」に内在する偶有的な性格は、親族関係、土地制度や歴史意識など、この人々の居住・生活に関わるさまざまな側面に見出される。このため扱われる主題は、人工島居住の形成・拡大に関わる移住伝承、かつての宗教生活の中心にあり、移住史とも不可分な葬送儀礼、20世紀を通じて進展したキリスト教受容、伝統的に主要な生業である漁撈活動、自給的農耕と土地利用、太平洋戦争直後の反植民地運動の記憶など多岐に渡る。本論文は、それら多面的な主題を通し、アシの人々における居住・生活の重層的で動態的なあり方を描き出そうとするものである。
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