第17回アジア太平洋研究賞(井植記念賞)受賞者 谷口 美代子氏

論文タイトル「「自由主義的・平和構築論(Liberal Peacebuilding)」再考 ―フィリピン・ミンダナオにおける紛争・暴力・平和の事例から―」

写真 谷口 美代子氏
谷口 美代子

【略歴】

専門は平和構築論、政治社会学、地域研究(東南アジア、フィリピン、ミンダナオ)。博士(国際貢献)。2017年12月、東京大学大学総合文化研究所国際社会科学専攻(人間の安全保障プログラム)博士課程修了。2012年5月から2014年5月までアテネオデマニラ大学フィリピン文化研究所客員研究員。現在、独立行政法人国際協力機構シニア・アドバイザー(平和構築)。

【要旨】

 
  ミンダナオおけるイスラーム系反政府勢力による分離独立のための国家との武力紛争(紛争)は1970年代以降に先鋭化し、2014年に両者は包括的和平合意に至ったものの、真の終結をみていない。一方、この地域ではムスリムの伝統的氏族間の抗争(暴力)が日常化している。こうした紛争・暴力をもたらす真の原因は何か。当事者たちの間に固有のインセンティブが存在するのではないか。このような問題意識から、本論文は前イスラーム期から現代までの統治構造の歴史分析をふまえ、紛争と暴力を継続させる構造的メカニズムを解明し、ミンダナオの文脈における「平和構築」を提起することを目的としてなされた研究である。このことにより、現代の平和構築活動の理論的支柱となっている「自由主義的・平和構築論(Liberal Peacebuilding, LPB)」を批判的に検討し、新たな分析枠組みを提供し、政策的含意を与えることを目指した。
 本論文の論証は、文献調査と2006年から2016年まで断続的に実施した現地調査に依拠している。論文の対象期間は、前イスラームからイスラーム王国期、米国統治期を経て、独立後から現代まで及ぶ。こうした長期間にわたる国家概念と統治構造の変容を時代区分ごとに明らかにするために、「国家形成」、「国家性」、「政治的正統性」などの分析概念を用いた。論文の前半では、「国家」(=統治者)と氏族の二者間の協調・競合関係を検討し、後半では、紛争・暴力・平和について、国家と氏族にイスラーム系反政府勢力という新たな関係軸を加えた三者間の関係(協調・競合)で捉え直した。紛争と和平交渉が併存する中、国家が機会主義的な一部のイスラーム系反政府勢力や氏族と協調関係を構築することによって、ムスリム間の資源競合による暴力を誘発し、ムスリム社会の分断を強化したことが解明された。他方、事例研究から、地方首長が多様なステークホルダーと協調関係を構築し、新たな統治規範を地域の文脈で翻訳的に適応し、開発と平和を実現したことが明かになった。
 その結果、ミンダナオの文脈における基層社会に立脚する氏族による慣習政治・制度に着目した平和構築のあり方を提起したうえで、これまでの紛争・暴力・平和の主体を国家と反政府勢力とする二元論から、氏族を含めた三元論とする分析枠組みの有用性を実証した。最後に、こうした分析枠組みは現代の複雑化する紛争後社会の平和構築にも援用できることことを主張したうえで、政策的含意と今後の研究の課題をふまえて結語とした。
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