第18回アジア太平洋研究賞(井植記念賞)受賞者 黄 潔氏

論文タイトル「セン(Senl)の民俗誌―中国南部におけるトン族(Kam)の流域社会システム論―」

写真 黄 潔氏
黄 潔

【略歴】

2010年6月、中国曁南大学文学学部卒業。2014年6月、中国広西師範大学文学研究科民俗学專攻修士課程修了。2019年3月、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科東南アジア地域研究專攻博士課程(5 年一貫制)修了(博士(地域研究))。この間、公益財団法人 旭硝子財団2017年度外国人留学生奨学生(2017年4月~2019年3月)。2019年4月、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科特任研究員となり現在に至る。

【要旨】

 
 本論文は、中国南部のタイ語系少数民族であるトン族(Kam)を事例に、そこでのローカルな社会システムの諸相を明らかにした民族誌である。
 中国華南少数民族におけるトン族の歴史と社会に関する先行研究では、主に漢語史料と漢民族のモデルが援用され、国家のなかの伝統的なトン族社会の単一性の維持と消滅後の復興の歴史過程について論じられてきた。また東南アジアにおけるトン族社会の研究は、シップソーンパンナーのタイ族など他のタイ語系少数民族と比較するために、トン族が漢文化の大きな影響を受けていたことに着目する傾向があった。ただし、トン族は、他のタイ語系少数民族に類似して、出自集団や地域集団は居住している河川や山脈などの地名や、移住と移動の歴史的特徴によって命名され、また政治・経済・言語・文化・民俗などは河川ごとに異なる様相を示す傾向がみられる。
 そのため、本稿ではトン族の歴史と社会の議論を、新たにセン(senl、トン語で河川流域を単位とする地域社会システムを意味する)という民俗概念の視点で捉え直すことを目指し、トン族独自の親族・村落統合・通婚・祭祀・リーダーシップなどの様相を考察し論じた。
 本論全体の議論を通じて、次のような点が明らかになった。まず①調査地のトン族の親族組織の特徴は、それがトン語とトン族的な親族規範に基づいて運用されていながら、表記言語としての漢語によって、あたかも宗族であるかのように表現される点にある。そしてこの不一致が、トン族の親族組織の動態を生み出すこと、②トン族は系譜的操作を行うことによって、地域集団と出自集団の間に生じたズレを調整し、結果的に地域集団は出自集団であるとの擬制が維持されること、③上座部仏教に帰依せず、村単位と流域社会単位の守護霊祭祀をつかさどるのがトン族のリーダーの特徴を表している。このような信仰による絆は、トン族の政治体系がほかのタイ系民族集団に接近していることを提示する。
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