第20回アジア太平洋研究賞(井植記念賞)受賞者 于 海春氏

論文タイトル「中国の権威主義体制下におけるメディア統制の重層性―現代中国におけるローカルメディアとメディアシステムの比較分析を通じて―」

写真 于 海春氏
于 海春

【略歴】

専門は政治コミュニケーション。博士(ジャーナリズム)。2007年7月、中国ハルビン師範大学日本語学部卒業。2010年3月、北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院修士課程修了。2011年4月より、早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース博士後期課程に入学(2019年研究指導終了による退学)。2021年2月博士学位取得。同年4月より、神奈川大学非常勤講師。現在、早稲田大学現代政治経済研究所次席研究員。

【要旨】

 
 改革開放以降、中国の権威主義体制下において、メディアと権力の関係はメディアの商業化以前よりはるかに複雑なものとなっている。本論文はローカルメディアシステムに着目し、地域比較の視点からローカルメディアのニュース生産に影響を与える要因を分析し、中国の権威主義体制下におけるメディア統制システムの重層性と多様性を明らかにするものである。
 本論文では、政治権力統制と市場競争の組み合わせパターンがローカルメディアのニュース生産実践を決定するという理論モデルを提起した(第1章)。また、4つの実証分析を通じて、ローカルメディアのニュース生産に影響を与える諸要因を解明した。第2章では、腐敗報道の分析を通じて、中国の権威主義体制における地方紙のニュース生産の特徴、とりわけ時間的変化と地域的差異を明らかにした。第3章では、地方のメディアグループの最高責任者の決め方に焦点を当てて、人事統制の度合いにおける変化が地方紙のニュース生産実践に影響を与えていることを実証的に示した。第4章では、新聞記事賞に着目して、中国共産党・政府がメディア業界における専門職名誉(professional honor)の生産・分配を主導することで、地方紙のニュース生産実践に影響を与えている仕組みを明らかにした。第5章では、地域新聞市場競争の程度は地方紙が権力批判を重視する程度と関連していることを実証的に提示することができた。さらに、第6章では、パネルデータを用いた統計分析を通じて、人事統制、新聞記事賞、市場競争の三つがいずれも地方紙のニュース生産実践に影響を与えていることを確かめることができた。
 本論文は実証分析の結果を踏まえて、結論として以下の三点を指摘する。第一に、中国の権威主義体制下におけるメディア統制手段には多様化と統制技術の洗練化が見られる。第二に、中国におけるメディア統制システムの重層的な構造とローカルメディアシステムの多様化が実証された。第三に、習近平政権以降の中国ではメディア統制が大きく変化し、新たな段階に入った可能性が高い。
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