第21回アジア太平洋研究賞 受賞者 拉加本氏

論文タイトル「チベット・アムド地域における村落社会と信仰生活の変容に関する人類学的研究――中国青海省海南チベット族自治州貴南県ボンコル村の事例から」

【略歴】


専門は文化人類学、チベット地域研究。博士(学術)。2011年日本へ留学。2015年、広島大学大学院文学研究科人文学専攻博士前期課程に入学し、インド・チベット古典文学に関する翻訳研究を行う(文学修士2017年)。2017年、総合研究大学院大学文化科学研究科地域文化学専攻博士後期課程に入学。2018年よりチベット・アムド地域において数度にわたるフィールドワークに従事。2019年、日本学術振興会特別研究員(D C2)を経て、2022年、同大学博士後期課程学位取得、修了。学位論文に対して総合研究大学院大学文化科学研究科科長賞を受賞。現在、国立民族学博物館外来研究員。

【要旨】

 
 本論文の目的は、チベットの伝統的三大地域の一つアムド地域に居住するチベット人の宗教活動の分析に基づき、チベット仏教一辺倒ではない信仰生活の実態を村の生活者の視点から明らかにすることである。調査地は中国青海省海南チベット族自治州貴南県ボンコル村を選定した。
 まず序論では、本論文の目的を示したうえで、17世紀に始まるチベット学の歴史をたどり、そのなかに本論文を位置づけ研究課題を示した。第1章では、チベット・アムド地域が、様々な文化が併存し混淆してきた地域であることを明らかにしたうえ、この地域の化身ラマの支配領域を図示しその影響力を寺領の人々の視点から明らかにした。続く第2章では、1958年以降、ボンコル村の社会が、ダム建設による村の移転を経てどのように変わったかを論述した。第3章では、ダム建設による宗教施設の移転と村人の仏教的宗教活動の変化を考察した。第4章では、アムド地域の人々が、漢族が祀る文昌神をアニェ・ユラ(祖先神)と名づけ、万能の神として受容してきた漢化の現象を描き出した。第5章では、世俗者の仏教的活動の場マニ堂に注目し、そこで行われてきた斎戒悔過儀礼をめぐる村人の仏教的な宗教活動について論じた。第6章では、村のボン教的宗教施設をめぐって、在家祭司の役割について検討し、特に仏教とボン教の混淆が著しい家庭レベルの儀礼として、仏教徒家庭で行われるボン教的守護神の浄化儀礼について詳述した。
 結論では次の点を指摘した。ボンコル村はダム建設による移転によりコミュニティの結束が強化された。さらに、政府からの移転補償金は村の宗教活動を活性化させ、共同的儀礼が行われる経済的基盤となった。すなわち、故郷や「伝統」の喪失は、人々を新たな伝統を創ることに駆り立たせ、その関心が宗教活動に向かわせたと結論づけた。また、村人の信仰活動には現世利益を求める民間信仰と、来生の、あるいは一切衆生の救済といった高度な教義を求める信仰という二つの方向性があるが、それらが矛盾することなく併存し関係しあっていることがこの地域の宗教の混淆性の特徴であると論証した。
ページのトップへ戻る