第22回アジア太平洋研究賞 受賞者 クリッディコーン・ウォンサワーンパーニット氏

論文タイトル「病める王国―タイ王党派の物語りの政治―」

写真 クリッディコーン・ウォンサワーンパーニット氏
クリッディコーン・ウォンサワーンパーニット氏

【略歴】

現在、タイのモンクット王工科大学トンブリー校(KMUTT)科学技術イノベーション政策研究所(STIPI)研究員。チュラーロンコーン大学政治学部国際関係学科にて学士号(BA)取得。その後、アベリストウィス大学の国際政治学科にてテロリズムと国際関係を学び、修士号(MSc.)取得。2017年から、タイ政治の理論的枠組みならびに「タイ国王党派の中核勢力である医療従事者ネットワークによって作り出された物語構造」に焦点を合わせた研究を開始。この研究により、2022年京都大学大学院 アジア・アフリカ地域研究研究科(ASAFAS)より博士号(Ph.D.)取得。

【要旨】

 
 本論文は、タイ国民がなぜ何十年もの間、プーミポン国王の物語、つまり反進歩的な考え方に何の疑いも抱くことなく従ったのかを問うものである。 この問いへの答えを求める中で、プーミポン国王という存在の合理的構造や変容を把握するための概念的枠組みを突き止めた。 この枠組みは、仏教の教えに基づいたものであり、医療従事者をはじめとする「ネットワーク君主制」によって語られたものだった。 本論文は、医療従事者ネットワークという主体に焦点を合わせている。 なぜならこのネットワークによる物語が、国民に「タイらしさ」や「サリム」の合理性を押し付け、これが文化的・制度的な盾となったからだ。
 本論文では、プーミポン国王の物語と、時間の経過とともにその物語の演出や維持がどのように変化したかを検証する。 ここでは、上座部仏教の2つの論理に基づきプーミポン国王の物語へと組み立てられた4つの主なストーリーを具体的に示した。 4つの主なストーリーは次の通りである。お父さんから、お父さんのように(あれ)、お父さんのために、お父さんに替わって。 いずれもプーミポン国王を国家の聖なる父として描いている。2つの仏教論理とは、チャオファ・モンクット(のちのラーマ4世)が創始したタマユット派とブッダダーサによる改訂上座部仏教である。
 「お父さんから」というストーリーは、タマユット派と連携して、慈悲の象徴的存在として王を描き、国民は王に対し永遠の恩義があると感じさせるようにした。 「お父さんのように(あれ)」というストーリーは、改訂上座部仏教と連携して、「無我の教義」を持つ優れた模範的人物として王を描き、国民に王の後に続くよう促した。 これら2つのシナリオは、異なる2つの支配的かつ超保守的な合理性がタイに生まれる原因となった。 つまり、人物崇拝とその支持者であるサリム原理主義者、そして教義崇拝とその支持者である進歩的サリムだ。
 こうしたストーリーは、プーミポン国王の物語構造の基礎となっており、国民を支配し、民主主義の重要性を理解することさえ妨げた。 そのため、タイの民主化は成功に至らなかった。この物語構造は、その支配的立場を反映した新しいストーリー、 すなわち「お父さんのために」というストーリーを生み出すに至るまでにタイ社会を抑制していた。 「お父さんのために」は、最初の2つのストーリーの成功が組み合わされたもので、プーミポン国王にタイ国家の物語の主役という地位を与えた。すべては、王のために行わなくてはならない。
 この状況はタックシンとタイ愛国党(TRT)と未来前進党(FRP)が台頭し、様々な亀裂が生じるまで続いた。この亀裂は、反プーミポンの物語と、民主化への挑戦という新たな波を引き起こした。やがて保守陣営は、国王の逝去による喪失感を埋めるための新たなストーリーを企てなければならなくなった。
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