第22回アジア太平洋研究賞 受賞者 グエン・ティ・レ氏

論文タイトル「北部ベトナム少数民族における出産 ―モンの事例にみる選択と行為主体性」

写真 グエン・ティ・レ氏
グエン・ティ・レ氏

【略歴】

ベトナムの民族性や民族の文化、特にモン族を専門とする人類学者。2011年よりベトナム社会科学院の人間開発研究院の研究員。ベトナムの人文社会科学大学にて学士号(B.A.)と修士号(M.A.)を取得。2015年、日本政府文部科学省(MEXT)国費外国人留学生奨学金を受け、日本で博士課程に進学。2016年から、ベトナム北東部のドンバン・カルスト台地で民族学的フィールドワークを実施。この研究により2020年、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科(ASAFAS)で博士号(Ph.D.)取得。

【要旨】

 
 本論文は、現代史の転換期にベトナム北部山岳地帯に居住する少数民族モン族の出産慣行について研究したものである。本研究では、モン族の人々への調査結果を踏まえ、この少数民族が特定の政治的・社会的状況において、出産に際していくつかの選択肢の中から、ある選択をするに至った経緯や理由を分析し、解明する。本研究は7章で構成されている。第1章では、本研究の背景、研究課題、文献レビュー、論理的枠組み、研究方法を説明する。第2章と第3章では、北部山岳地方の2つの村に居住する少数民族ならびにモン族の出産慣行に影響を与えているマクロな状況について述べる。民族性が議論の中心であるため、本研究はいわゆるいくつもの「少数民族」を形成している民族間関係のマクロな状況、ならびにこうした現状がもたらした結果に特に注目した。第3章は、ベトナムの少数民族のリプロダクティブ・ヘルスの問題に焦点を合わせ、一般的な論議から治療行為まで取り上げる。第4章では、モン族がその土地においてミクロな状況をどのように生きているかを探る。第5章は、モン族の伝統的な方法での出産について、民族誌学的研究に寄与した。第6章では医療システムが多元的に共存する状況において、2つの村のモン族の出産慣行がどのようなものであるかを調査する。そして、出産時の判断に関する統計的分析と女性たちの話をもとに、出産慣行の実態ならびに女性たちの選択に影響する様々なファクターを明らかにしている。第7章は、すべての章のデータと分析をもとに、議論と結論を提示する。この章では、理論的枠組みと調査結果に基づき、出産慣行を選択するプロセスにおける地元住民の主体性を明らかにし、民族性と近代化プロジェクトに関連する問題ならびに、ベトナムにおける少数民族の出産とリプロダクティブ・ヘルスに関する研究の意味を議論する。
 本研究の結果、生物医学的/現代医療と民族医療が相互に影響を及ぼす状況において、調査を行った2つの村のモン族の人々は、 民族の医療制度と国の医療制度の両方から産科医療の選択肢を柔軟かつ実践的に、取捨選択しながら融合したやり方で活用しているということが分かった。 モン族の女性たちが出産時に使用する医療に対する行動パターンは絶えず変化し、さまざまな要素、例えば、距離、費用、ケアの質、文化、社会的当事者の主体性などの複雑な相互作用を映し出している。 モン族は、すべての関連する要因のバランスをとり、究極の目標である母子の安全を確保するために、出産時に最善の選択ができるよう主体性を行使する。 民族誌学的研究により、モン族はいわゆる「文化的要因」「構造的暴力」によって全てが決定されるわけではなく、出産時の意思決定に重要な主体性を持っているということが分かった。
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