第23回アジア太平洋研究賞佳作 受賞者 パッタジット・タンシンマンコン氏

論文タイトル「タイ外交史を読み直す―「竹の外交論」からの脱却―」

写真 パッタジット・タンシンマンコン氏
パッタジット・タンシンマンコン氏

【略歴】

東京大学東洋文化研究所・大学院情報学環の講師。タイチェンマイ生まれ。2010年にチュラロンコーン大学文学部中国語専攻学士課程を卒業後、在中国タイ大使館で大使秘書として勤務。2012年に来日、2016年早稲田大学社会科学研究科修士課程、2019年早稲田大学社会科学研究科博士課程を修了。社会科学博士。その後、早稲田大学社会科学研究科助教、講師を経て、2022年から現職に至った。専門分野として東南アジアの現代史、特に東南アジアの対外認識、歴史記述、外交言説に注目。

【要旨】

 
 本論文の目的は「竹の外交論」(英:Bamboo Diplomacy, タイ:Pai-Lu-Lom)という従来のタイの外交言説において主流であり続けてきた考え方を批判的に検討し、新たな歴史観を示すことである。従来、タイの外交手腕は巧みな「竹の外交論」という言説で説明されてきた。この言説は、聡明な歴代の指導者がその時代に合わせて主体性を放棄し、中、英、仏、米、日などの大国の風向きに巧みにしなった結果、タイが東南アジアで近代を通じて唯一独立を維持できたという論理である。今まで暗黙の常識とされてきたこの「竹の外交論」は、指導者の明敏性、タイの特殊性、外交伝統の継続性に焦点を当てることにより、タイ例外主義を助長し、ナショナリズムの醸成に利用されてきた危険性を孕んでいる。
 本論文は「竹の外交論」を論敵として設定し、従来の研究では使用されてこなかったタイ日英中4か国語の外交文書、論文集、メディア論調を資料として、国際情勢が激しく変化する1960年代から2020年までの複雑な国際情勢と国内政治におけるタイの指導者、メディア、知識人、一般市民の対外認識と外交政策との重層的な関係性を多角的・立体的に再現する。タイの対外政策を決定する最も重要な要素は何かを問い直しながら、これまで見過ごされてきた様々な主体の抱える葛藤、対応の工夫、行動選択の論理を外交史に書き込み、新たな歴史観を示すのが本研究の目的である。
 本論文は全7章からなる。序章は、竹の外交論の粗筋と問題点を指摘し、問いと分析枠組みを提示する。第1章は歴史背景を概観し、「小国意識」という概念を提唱する。第2章から第5章は主な舞台である1960年代から2020年までの実際の外交政策、諸アクターの外交構想と対外認識の関係性を分析する。終章では竹の外交論、小国意識、対外認識、ナショナリズムの関係性とインプリケーションを提示する。
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