第23回アジア太平洋研究賞佳作 受賞者 楊 峻懿氏

論文タイトル「海を越える「水産知」――近代中国における水産人材の育成とその活動」

写真 楊 峻懿穎氏
楊 峻懿氏

【略歴】

専門は日中関係史、海洋史、水産教育史。2014年日本へ留学。2018年、京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了(人間・環境学修士)。2022年、同大学院博士後期課程修了(人間・環境学博士)。2022年より中国蘇州大学歴史学系専任講師、現在に至る。2024年、京都大学学術出版会より単著『海を越える水産知:近代東アジア海域世界を創った人びと』を刊行。

【要旨】

 
 東アジアにおいて漁業の近代化を最初に実現したのは日本であった。その際、重要な役割を担ったものの1つに農商務省水産講習所がある。そこで実施・展開された水産教育は、学制・授業科目ともに明確に定められ、単に水産先進国であったノルウェーをはじめとするヨーロッパ諸国の知識の受け売りではなく、新たに日本で再構築しなおされた日本独自の「学知」を伝えるものであった。
 本論文でいう「水産知」とは、かかる「学知」は勿論、水産に関わる様々な技術や生活スタイルなども含んだ総合的なものであり、それが清末民国期の中国人留学生を通じて、日本から中国へと伝えられたのであった。本論文では、明治日本の水産業の発展を横目に見ながら、清末民国期の中国政府が留学生を通じていかに日本の「水産知」を受容・吸収し、水産政策・教育を模倣し、中国自身の水産教育・水産業に着手・反映させたのか、水産業の重要性を認識した中国政府や、育成された水産人材がいかなる活動を展開したのかを明らかにしている。
 本論文は序章、第1章~第5章、終章から成る。序章では、明治期日本の水産機関である農商務省水産講習所における人材育成、日本の「水産知」の中国への伝来と水産教育の始まり、および本稿に関わる先行文献の整理・研究方法・問題関心の所在について説明した。第1章では、中国における最初の水産学校である直隷水産講習所を取り上げた。第2章では、南方の上海に所在した江蘇省立水産学校を取り上げ、水産人材の育成状況を分析した。第3章では、政府機関において重要な職位を担い、水産界の指導層となった水産人材が1930年代の海賊問題をいかに認識していたかについて詳述した。第4章では、水産人材による漁民救済・漁民教育への取り組みを分析した。第5章では、1945年から49年にかけて中国における水産教育の復興状況とその問題点を検討した。終章では、これまでの議論を整理し、また日本統治期の朝鮮や台湾の水産教育状況についても分析しながら、東アジアにおける日本の近代的「水産知」が果たした役割を明らかにするとともに、今後の課題についても整理した。
 本論文は、近代中国における日本の「水産知」の伝播・受容・定着の過程を、水産・漁業史、留学生史、政治史に跨がった学問横断的なかたちで位置づけたものである。
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