第24回アジア太平洋研究賞 受賞者 周 俊氏

論文タイトル「中国共産党の神経系―情報収集システムの起源、構造及び機能(1940~50 年代)―」

写真 周 俊氏
周 俊氏

【略歴】

神戸大学国際文化学研究科講師。専門は中国政治史、中国共産党史研究。2020年早稲田大学アジア太平洋研究科博士後期課程修了、博士(学術)。東京大学社会科学研究所特任研究員、同志社大学グローバル・スタディーズ研究科助教を経て、2024年より現職。主著に『中国共産党の神経系-情報システムの起源・構造・機能-』(名古屋大学出版会、2024)、『中国現代史資料目録集:毛沢東時代の内部雑誌』(東京大学社会科学研究所グローバル中国研究拠点、2023)等。

【要旨】

 
 本論文は、20世紀の国際共産主義運動や東西冷戦といった大きな国際的文脈に留意しながら、中国大陸、ソ連、米国、日本、台湾などの多様な一次・二次資料を用いて、従来知られてこなかった中国共産党の情報システムの起源・構造・機能を体系的かつ実証的に考察するものである。
 現代社会は、情報社会と言われて久しい。他方、中国共産党史研究は極度に細分化され、国内外の学界でほとんどの事件・事象について先行研究が数多く存在しているにもかかわらず、同党の情報システムについての先行研究は皆無と言ってよい。これに対して、秘境中の秘境とも言えるこのテーマに挑んだ本論文は、「情報」から見た中国共産党の斬新な歴史像を提示した。
 具体的には、第1章では、米国などの諜報工作と中国共産党の秘密保持制度との攻防に注目し、共産党の情報システムを取り巻く環境を明らかにした。第2章から第6章までは、ソ連の政治理念の影響を議論しつつ、情報システムの作動を支える秘密通信網と諸情報経路の歴史的展開、制度的構造および運用の実態について考察した。そして第7章では、共産党の指導者が統治や施策に必要とされる情報をいつ、どの経路で入手したか、またそれらの情報がどのように政策決定に利用されたかを、数千万人の餓死者を生み出した大躍進政策の形成過程という事例を通して分析した。
 また、政治学では、独裁体制は風通しの悪い体制であり、その抑圧的統治の代償として独裁者は往々にして正確な情報を入手し難いというジレンマに直面していると理解されてきた。この「はだかの王様」のような独裁者像を覆すべく、本論文は、正しい情報が与えられていても都合の良い情報のみを活用した毛沢東の認知バイアスと、その背後にある彼の知識体系こそが問題の本質であるという新しい解釈を示した上で、情報・認知バイアスといかに付き合うかという時代や国家体制を超えた普遍的な問いに迫った。
 総じて、本論文は、現代中国の政治構造の理解を一新するだけでなく、情報・認知という新機軸を導入することで従来の政治史研究にパラダイムシフトをもたらし、新たな地平を切り開くものである。
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