「アジア太平洋研究賞」 猪口真大氏 論文要旨

「アジア諸国の危機前後における金融政策と金融システム」

-途上国の有効かつ効率的な金融政策-

写真 猪口真大

猪口 真大(いのぐち まさひろ)
  • 【経歴】

    1996年神戸大学経済学部卒業. 日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)勤務を経て、2000年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。2004年3月一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了、博士号(経済学)取得。 2004年4月より京都産業大学経営学部専任講師。

本稿は、アジアの金融システムや金融政策の問題の解決に貢献することを目的とした研究であり、特に国際的な資本移動が活発化する中での国内の金融政策や金融市場について、これまで解明されていなかった重要な問題を考察している。1997年に発生したアジアの通貨・金融危機については、すでに膨大な数の先行研究が存在しており、これまでにアジア地域の様々な問題が指摘され、危機の要因や予防策が提案されてきた。

しかし、各要因が危機とどの程度関連しているのかはまだ意見が分かれており、さらに、様々な課題を解決するためのプロセスや具体的政策について一致した見解は得られていない。実際、アジア各国でこれまでに実施された金融政策や現在の金融システムの実態および評価について、分析されていない問題が数多く残されている。

そこで、本稿は、こうした問題のうち特に、資本移動に対するアジア諸国の金融政策の是非や、国内金融システムの問題点を明らかにすることで、アジア地域をはじめとする途上国の有効かつ効率的な金融政策と金融システムに示唆を与える。

具体的には、まず序章で、危機の要因を分析した先行研究を概観し、本稿で取り上げるテーマとの関係を示した。そして、第1部1章から3章では、危機前後の対外資本流入の問題および資本流入に対して実施された政策についての分析を行った。これまでに採用された政策や制度の影響および効果を考察することで、国際的資本移動自由化の下、対外資本に対する途上国の政策はどのようなものが適切であるのかという議論に貢献するものとなろう。

次に、アジア各国の企業は資金調達を主に銀行貸出に依存しているが、先行研究が指摘するように、リスク処理の観点からするとグローバル化した金融市場では銀行の機能に限界が生じているといえる。したがって、リスク移転を可能にする社債市場の整備が不可欠である。一方で、銀行貸出中心の資金調達という状況を変えることは多くの時間を費やす必要があるため、銀行システムの改善も重要となる。そこで、第2部4章と5章では国内金融システムについての研究を行った。

1章では、タイの不胎化政策とベースマネーの変動について考察した。中央銀行の反応関数を想定し、まず、中央銀行対外資産の増加に対して中央銀行国内資産が減少していたか(不胎化していたか)を、次に、中央銀行対外資産の増加がベースマネーの増加に対応していなかったか(ベースマネーを一定に保とうとしたか)を実証分析で明らかにしている。この結果、1993年までは不胎化が不完全で、さらに中央銀行対外資産の増加に伴いベースマネーも増加していたことがわかった。しかし、1994年から1996年では不胎化はやはり不完全であったものの、ベースマネーを一定に保っていたことが示され、中央銀行がベースマネーに対応しない負債項目を変動させていたことが示唆された。

2章では、マレーシアの資本移動規制が短期資本の流入減少に対して効果があったのかを、規制の変化も考慮に入れて推定した。この結果、短期資本の流入は規制の効果で減少したことが示唆されるものの、規制内容の変更により、投資家は収益率とは関係なく資本を流出させた可能性が高いことがわかった。これは、規制導入当初に流出できなかった資本が、規制の変更後に流出したことを示唆している。したがって、資本流出を禁止するような強い規制を導入すると、規制を緩和した際に短期資本の流出が促される危険が存在することがわかった。

3章では、通貨危機後のドル・ペッグ制放棄により、韓国およびタイへの資本移動が危機前と比べてどのように変化したのかを考察した。実証分析の結果、危機以後、為替リスクが高まることによって資本流入が減少する傾向が顕著になっていることがわかった。したがって、危機後は、変動相場制への移行により為替リスクが顕在化し、これに投資家が反応するようになったことが明らかになった。

4章では、アジア諸国で不動産価格および銀行対外債務が銀行に与えた影響を考察している。はじめに、アジア諸国の不動産担保貸出の実態について調査し、銀行貸出の担保としては不動産が重要であることを示した。次に、銀行貸出に影響を及ぼした要因として不動産価格と銀行対外債務に焦点をあてて実証分析した。実証結果からは、不動産価格の変動は銀行貸出におおよそ正の影響を与えたことが示唆されたが、対象とした全ての国および期間においてそれがあてはまったわけではなかった。さらに、不動産価格よりも銀行対外債務の方が銀行貸出に与える影響が大きいことが示され、特に危機発生前の期間について顕著であった。

5章では、アジアの債券市場の現状と課題を取り上げた。まず、アジア各国の債券市場の状況を概観し、現状の追加的な分析として、格付けと国際債の関係について実証分析した。その結果、国や時点に依存してしまう場合が多いものの、アジア諸国の国際債インデックスは格付け変更の影響をあまり受けていないことが明らかとなった。一方で、格下げ方向に関する格付けの変更については、国際債インデックスの変動から影響を受けていたことが示された。このことから、これまでのアジアのソブリン格付けが適切であったとはいえない可能性が高いことがわかった。

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