第6回井植記念「アジア太平洋文化賞」 受賞団体:国際稲研究所(IRRI) 大塚 啓二郎理事長の「受賞の言葉」

写真 大塚啓二郎理事長

写真 国際稲研究所(IRRI)

国際稲研究所(IRRI)の概要
  • 国際稲研究所(IRRI)は1960年に、フィリピン政府の支援の下に、フォード・ロックフェラーの両財団によって設立された。本部は、マニラの南東65kmの所にあり、フィリピン大学ロスバニョス校に隣接している。試験圃場は252haあり、近代的な実験設備、研修施設、宿泊施設が整っている。
     IRRIはアジアでは、最も歴史がありかつ最大規模の国際農業試験研究機関である。非営利の研究・研修組織であり、アジアに10ヶ所の支所があり、最近はアフリカのモザンビークにも支所を設立した。
     IRRIの研究目的(ミッション)は、貧困と飢餓を撲滅し、稲作農民と消費者の健康を促進し、環境を考えながら持続可能な稲作生産システムを実現することにある。IRRIはコメが重要な国々の政府、各国の農業研究や普及組織、農民組織、様々な国際機関や各国の機関と密接に連携している。この連携を基礎に、IRRIは研究、研修、教育活動を展開し、持続的農業のための知識を農民に普及している。

このたび、国際稲研究所(IRRI)が井植記念アジア太平洋文化賞を受賞するという栄誉に浴することができましたことを、理事長としてまず心より御礼申し上げたいと存じます。
 石井先生からもご紹介いただきましたが、IRRIは1960年にフィリピン政府の支援の下に、ロックフェラー財団とフォード財団の両財団によって設立された非営利の米に関する国際的研究および研修組織です。本部はマニラの南東約65キロのところにあり、フィリピン大学ロスバニョス校に隣接しています。現在は、日本をはじめとする各国政府や世界銀行等の国際機関からの財政的な支援を得ています。IRRIには、国際的に第一線で活躍する博士号を持つスタッフが約100人、さらに900人近いサポートスタッフがおり、日夜お米の研究に励んでいます。現在は、アジアに約10カ所の支所があり、最近はアフリカのモザンビークにも支所を設立いたしました。
 IRRIのもともとの研究目的(ミッション)は、腹いっぱい米を食べるということだったのですが、最近では貧困と飢餓を撲滅し、稲作農民と消費者の健康を促進し、環境を考えながら持続可能な稲作生産システムを実現することにあり、貧困や栄養、健康、環境などに配慮しながら米の生産の増加を考えているところです。
 振り返りますと、1960年代の熱帯アジアでは人口が急増する一方で、米の生産が停滞し、アジアにおける食糧危機は不可避であると考えられ、恐らく多くの餓死者が出るだろうと言われていました。しかしながら、IRRIが1966年に最初の高収量品種IR-8を開発し、その後も続々と高収量品種を世の中に送り出し、アジアにおける1ヘクタール当たりの米の生産量はほぼ倍増しました。また、高収量品種には非感光性という特性があり、1年中いつ植えても良いことから二期作や三期作が可能になり、生産量は3倍にまで増加しました。
 その結果、アジアの食糧危機は回避され、主食である米がふんだんに供給されたため、アジアの貧困人口は大幅に減少しました。もし「緑の革命」がなければ、恐らく何千万人もの人々が餓死し、多数の子供たちが栄養失調に苦しみ、食糧生産のために緑の山々ははげ山と化し、洪水は頻発しという、想像しただけでも恐ろしい事態が発生しただろうと私は思います。「緑の革命」は、産業革命と同じように、人類が成し遂げた偉大な革命の一つとして歴史に刻まれることは疑いないと私は考えています。
 事実、「緑の革命」は、世界中の国々で非常に高い評価を頂いています。しかしながら、非常に残念なことに、日本では「『緑の革命』は豊かな大農を潤しただけである」「貧しい農家や小作農、より貧しい農業労働者たちには何の恩恵も与えることはなかった」「『緑の革命』は環境汚染を引き起こしただけである」等々、すべてが間違いだとは申し上げません、例えば農薬の使用が増えたということは確かにありましたが、経済学者である私から見てかなりの部分は事実無根に近い風評が流れ、「緑の革命」が果たした飢餓撲滅という偉大な成果を、日本では正当に評価いたしておりません。私は、今回の名誉ある受賞が、わが国におけるこれまでのIRRIの研究成果や「緑の革命」が果たした役割の再評価と、これからIRRIが果たしていかなければならない役割についての正当な認識につながることを期待しております。
 最後に、IRRIを代表いたしまして、アジア太平洋フォーラム・淡路会議に対し、重ねて心から感謝の意を表したいと存じます。ありがとうございます。

第6回井植記念「アジア太平洋文化賞」選考理由

 受賞者:国際稲研究所(IRRI)

国際稲研究所(IRRI)は1966年にIR-8という高収量稲品種の育種に成功,その後も近代的育種技術を駆使してより改善された高収量品種を多く作り出してきた。その結果、アジアの発展途上国において「緑の革命」と呼ばれる食糧増産を実現した。これにより,餓えからの自由を勝ち得たアジアではあるが、そこにも恩恵にあずかった地域とそうでない地域の間では歴然たる格差が発生した。アジア以外の地域を見ると,「緑の革命」の恩恵をいまだ受けていないアフリカがある。残された問題を解決すべく、IRRIは最近このアフリカに「緑の革命」を普及させようとしている。

高収量品種は農薬使用を促し、土壌の劣化など環境の悪化を誘発したという側面もある。地球環境の悪化は必ずしも「緑の革命」の副産物というわけではないが、世界的に環境悪化が進んでいるという現状を認識することは重要である。飢えの時代から環境の時代に移行する世界に対応して、IRRIは2004年の「国際コメ年」を契機に従来の研究方針の軌道修正をした。「緑の革命の緑化」を標語に、現代世界が直面する貧困と環境、農薬・化学肥料と残留物質、土壌劣化、水利用と水質、生物多様性、気候変動、バイオテクノロジーの利用などについて幅広い研究活動を展開しはじめたのである。ベトナムにおいて,有害な農薬散布を中止に追い込んだ活動など、つぎつぎと環境分野での実績が積み重ねられつつある。

このように高収量品種の開発から環境重視へと重点を移すIRRIではあるが、その基本はあくまで米の増産による貧困の削減にある。よりすぐれた米作技術の開発と普及による貧困の削減、環境の維持向上による持続可能な米作、米作農民や消費者の栄養・健康の改善、米作技術情報の開示・普及などがIRRIの最新の戦略の柱となっている。従来の戦略目標に比べると、柔軟に現代社会が直面する厳しい問題にも対処しようとしている。地球規模の貧困の問題と環境問題に、米作からアプローチする一貫した姿勢を崩さず、一歩一歩着実にアジアと世界に貢献しているIRRIのこれまでの実績を高く評価し、今後のより一層の人類への貢献を期待し、ここにアジア太平洋文化賞を贈るものである。

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