第6回井植記念「アジア太平洋研究賞」佳作 受賞者:遠藤 環(えんどう たまき)氏 論文要旨

論文タイトル「地域化するポップ・カルチャー日本文化産業の東・東南アジア地域展開 1988-2005」

写真 遠藤 環

遠藤 環
  • 【経歴】

    1999年京都大学法学部卒業。2001年京都大学大学院経済学研究科経済動態分析専攻博士前期課程修了。同年4月同研究科博士後期課程進学、および日本学術振興会特別研究員(DC1)。2004年3月同課程単位取得退学、同年4月より日本学術振興会特別研究員(PD/京都大学東南アジア研究所)を経て、2007年5月博士号(経済学)取得。2007年10月より京都大学東南アジア研究所・研究員(グローバルCOE)。

    (注)PD・・・PDはPostdocsの略で、大学院博士課程修了者等で日本学術振興会特別研究員に採用されている場合の呼称。

    グローバルCOE・・・COEはCenters of Excellenceの略で、グローバルCOEプログラムは文部科学省が2007年度から実施している事業。

(要旨)

本論文は、1980年代後半以降のグローバルな経済と労働の再編成が、都市下層民の「労働」と「生活」に与えた影響と、それに対する都市下層民の対応を、主に都市下層民の「職業」と「居住」の二側面に注目して明らかにしている。

グローバル化の進展とともに、発展途上国では、インフォーマル経済の新旧の諸現象が共存していた。しかし、一国内の農村‐都市関係に焦点をおきながら、単線的な発展段階論の視野に立った初期開発経済学の「インフォーマルセクター」論は、ますます重層化する実態や都市のダイナミズムを捉え切れていなかった。そのような限界を乗り越えるために、本研究では、バンコクを事例に、グローバル化時代の都市の動態的な実証研究を行っている。分析には、コミュニティでの長期実態調査によって得られたデータを使用している。

本論文の第一の課題は、分析に時間軸と空間軸を取り入れることで、個々人の都市内移動や職業経験とマクロな経済構造、就業構造や都市空間の再編成との相互作用を動態的に描き出すことである。具体的な分析手法としては、ライフコース分析を取り入れている。

第二の課題は、都市下層内部の階層性や重層性を、ジェンダーや世代、職種などの違いに留意しながら抽出することである。都市下層民は、職業や居住の変更を余儀なくされることも多いが、リスク対応過程(失業、火災など)の分析を通じて、個人や世帯の対応能力の相違と都市下層内部の階層性、階層移動の実態が明らかになっている。

本論文は二部構成となっている。第一部はマクロ分析である。1980 年代以降の再編成によって、タイの経済・労働市場の構造は大きく変化してきた。バンコクでは急激な都市化が進展してきたが、初期の都市拡大期を経て、都市内再生産の時代へと入りつつあることが明らかになり、都市の側から分析する視点の重要性を再確認した。また、バンコクの急激な変化とそれに伴うスラムの増加を受けて、都市貧困政策、また労働人口の約70%を占めるインフォーマル経済従事者に対する政策も実施されてきた。ただし、都市のダイナミックな変化とますます重層化する都市下層民の実態を把握しないまま実施される諸政策は、限定された効果しか持ちえていなかった。

第二部では、立地条件の異なる二つのコミュニティ(都心・元郊外)での調査から得たデータを中心にミクロ分析を行った。コミュニティとは、都市下層民の労働や生活における変化を許容する空間であり、都市と有機的な関係を築いている。実証分析を通じて、第1 に、都市下層民の都市内移動や職業経験は、都市のダイナミズムと連動して変化していること、第2 に、マクロな変動やリスクに対して、都市下層民は、個人・世帯条件に規定され、異なる選択・経路を示していることが明らかになった。その中で、都市下層内階層も重層化し、格差が拡大しつつある。特に、最下層の集団に関しては周辺化が進行しつつあった。

また、職業階層別の職業経路の分析からは、理論や政策の想定とは異なり、自営業と一部の被雇用部門間における就労者の流動性の高さ、および都市下層民の「上昇」のイメージがフォーマル部門ではなく、インフォーマル経済での成功にあることが明らかになった。

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