第26回「アジア太平洋フォーラム・淡路会議」国際フォーラムの概要

写真:第26回「アジア太平洋フォーラム・淡路会議」国際フォーラムの風景

プログラム
  • 日時
    2025年8月1日(金)
    10:00~17:00
  • 場所
    兵庫県立淡路夢舞台国際会議場
    (兵庫県淡路市夢舞台1番地)
  • テーマ
    「震災30年とアジア太平洋 ~対立・協調と包摂」
  • 内容
    • ○開会挨拶
      牧村 実
      (アジア太平洋フォーラム・淡路会議代表理事)
    •  
    • ○第24回アジア太平洋研究賞受賞者紹介
    •  
    • ○記念講演
      ◆記念講演1
      「トランプ2.0の激震と世界」
      講師:村田 晃嗣
      (同志社大学法学部教授)
      ◆記念講演2
      「アジア太平洋地域と日本の経済の30年」
      講師:阿部 茂行
      (ひょうご震災記念21世紀研究機構参与)
    •  
    • ○基調提案
      ①「対立の世紀は乗り越えられるか」
      講師:𠮷岡 桂子
      (朝日新聞コラムニスト・編集委員)
      ②「日本社会とジェンダー:女性を活かさない社会に未来はない」
      講師:上野 千鶴子
      (東京大学名誉教授 /認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク理事長)
      ③「震災30年の復興を振り返り、これからの災害に備える」
      講師:室﨑 益輝
      (神戸大学名誉教授)
    •  
    • ○分科会
      第1分科会
      「変容する国際秩序に向き合う」
      座長:梶谷  懐
      (神戸大学大学院経済学研究科教授)
      第2分科会
      「包摂(ジェンダー)」
      座長:窪田 幸子
      (芦屋大学長/神戸大学名誉教授)
      第3分科会
      「震災における協調」
      座長:片山  裕
      (神戸大学名誉教授)
    •  
    • ○淡路会議活動の振り返り
      〔淡路会議の記録写真スライドを投影しながら淡路会議の25年を振り返る〕
       
    • ○功労者への感謝状贈呈
      功労感謝
      井植 敏 氏 (元代表理事)
      (公財)井植記念会
        ・・・井植 敏雅 氏
       
      五百旗頭 真 氏 (前代表理事)
        ・・・安井 さやか 氏
       
      阿部 茂行 氏 (淡路会議企画研究委員会委員長)
      片山 裕 氏 (アジア太平洋研究賞選考委員会委員長)
       
      協賛感謝
      サントリーホールディングス(株)
      シスメックス(株)
      UCCジャパン(株)
      和田興産(株)
       
    • ○受領者挨拶
      井植 敏雅氏
      安井 さやか氏
      和田 剛直氏(和田興産(株))
      倉田 学氏(シスメックス(株))
       
    • ○総括と謝辞
      阿部 茂行
      (ひょうご震災記念21世紀研究機構参与)
    •  

■記念講演の概要■

◇記念講演1 「トランプ2.0の激震と世界」
村田 晃嗣 (同志社大学法学部教授)
1.映画「スーパーマン」に込められているもの

新作映画『スーパーマン』は、クリプトン星からの移民である主人公を通じ、現代の移民排斥を批判し、情報環境の分断を象徴的に描いています。物語の根底には移民が活躍する米国への希望が込められていますが、製作陣がリベラルな「Woke」層と見なされることで、トランプ支持層にはメッセージが届きにくいという現実があります。本作は、映画のテーマそのものが米国の深刻な社会的・政治的分断に直面している様を浮き彫りにしています。

 

2.米国の時代は何度終わるのか

現在の米国の危機は、ベトナム戦争の敗北やドル・ショックに見舞われた1970年代前半の大混乱の再来といえます。「米国の時代の終焉」は古くからの議論であり、現状は過去の危機のデジャブでもあります。また、戦後のリベラルな国際秩序は、歴史家のファーガソンが指摘するように実態を伴わない理想化された過去のイメージに過ぎません。歴代大統領も「世界の警察官」を明言したことはなく、米国が単独で秩序を維持していたという過去を美化しすぎないことが重要です。現状を過度に悲観せず、米国が抱える危機の歴史的文脈を冷静に見極める視点が求められています。

 

3.トランプ政権の泣きどころ

トランプ政権の基盤は脆弱です。2024年の再選は激戦州でわずかな得票差によるきわどい勝利であり、就任後の支持率は物価高や外交問題への反発から低下傾向にあります。議会も共和党が上下両院を制したものの、特に下院は極めて僅差で、足並みの乱れが目立ちます。法律制定が進まず大統領令に頼る現状は、むしろ政権の弱さを露呈しており、カリフォルニア州などの強い反発も大きな牽制となっています。 憲法で3選が禁じられたトランプ氏には時間がありません。2026年の中間選挙で議会の多数派を失えば、政権後半のレームダック化は避けられず、厳しい局面に立たされています。

 

4.トランプ大統領の評価の難しさ

トランプ氏の言動には、過激に見えても数割の政治的合理性が含まれています。グリーンランド買収論は北極海航路の確保や中露への安全保障上の危機感に基づき、過去の大統領も試みた発想です。国内では「白人への逆差別」を訴えて支持層を固める計算高い戦略をとり、NATOには国防費増額を迫ることで、米国の負担による同盟国の社会保障充実という不都合な真実を突きつけています。これらは支持層へのアピールと国益を冷徹に計算した結果と言えます。

 

5.トランプ政権の矛盾

トランプ政権の政策は、多方面で深刻な矛盾を抱えています。経済面では、約60カ国との二国間交渉を個別に行う非効率な手法をとり、関税導入によるインフレ圧力と景気対策としての減税が、大幅な財政赤字を招くという構造的矛盾に陥っています。

また、イーロン・マスク氏との蜜月関係は、政権の二つの根本的な矛盾を露呈させました。第一に、対中強硬姿勢を掲げながら、中国市場に深く依存するビジネスマンを重用することは、対中戦略の定義が曖昧であることを示しています。第二に、AIやIT分野の成長に不可欠な高度移民の象徴であるマスク氏と、政権の核心である反移民支持層の共存は、国家としての移民の定義を放置したままです。

さらに、掲げられた「アメリカ・ファースト」も、公約に反するイラン空爆の実行などから、実態は国家の利益よりも自身の権威を優先する「トランプ・ファースト」に変質していることが明らかになっています。

 

6.トランプ主義とは何か

トランプ主義は格差や移民問題に起因しており、トランプ氏個人が去っても続く構造的な動きです。この主義は「目的」と「手段」に分けて考える必要があり、不法移民排斥などの目標には国民の半数以上が賛成していますが、強硬な執行手段には多くの反対があります。

したがって、既存政党や同盟国が、トランプ氏の掲げる目標をより穏健で効果的な手段で達成する「代替案」を提示できれば、トランプ主義を後退させられる可能性があります。政治家への評価は歴史とともに変遷するものであり、現在の評価がすべてではないと捉える視点も重要です。

 

7.これからの世界と米国

現在の米国の政治状況では、大統領が1期4年で交代することが常態化し、政治サイクルが加速する可能性があります。特に2028年の大統領選は、トランプ氏が退場することで米国史上最大級の世代交代が起こり、社会全体が若返る「ポスト・トランプ時代」の幕開けとなるでしょう。この大変動期に、次世代のリーダーへいかに効果的に働きかけられるかが、各国の命運を分ける熾烈な競争となります。 日本がこの競争を勝ち抜き、独善的になりがちな米国と交渉するには、自らの価値観を堅持しつつ、相手が受け入れやすい「ナラティブ(物語)」を創出する能力が不可欠です。日本製鉄によるUSスチール買収案件で、トランプ氏が「合併」ではなく「投資」という言葉に反応したように、内容そのものを変えずに文脈(コンテクスト)を再定義する能力が、官民を挙げて求められています。

 

8.ナラティブの創出と過慮の排除

不確実な時代には、佐藤卓己氏が提唱する「ネガティブ・リテラシー」を養い、複雑な状況で即断せず曖昧さに耐える能力が必要です。また、中江兆民が説いたように極端な楽観や悲観を排し、中庸の精神を持つことが重要です。もはや万能なヒーローが現れない「ポストスーパーマンの時代」において、私たちは過度な思い込みを捨て、地道な協力と努力を積み重ねることでグローバルな秩序維持に貢献していく姿勢が求められています。

 

◇記念講演2 「アジア太平洋地域と日本の経済の30年」
阿部茂行 (ひょうご震災記念21世紀研究機構参与)
1.固定相場の時代

戦後の世界経済は、ドルと金の兌換や固定相場制により安定していましたが、1970年代のニクソン・ショックや二度の石油ショックを経て、変動相場制へと移行する不安定な局面を迎えました。こうした逆風の中でも、日本は高度経済成長を遂げ、米国に次ぐ世界第2位の経済大国へと躍進しました。

エズラ・ヴォーゲル氏は『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の中で、日本の成功要因として、高水準の教育制度、通産省による巧みな産業政策、終身雇用による労使の安定、そして高い社会秩序を挙げました。一方で、経済学者のポール・クルーグマンは、アジアの成長を「技術革新を伴わない資本と労働の大量投入による量的成長」と分析し、その持続性には限界があると批判的な視点を示しました。

 

2.1980年代の日米貿易摩擦

1980年代から90年代にかけて、日本の対米貿易黒字拡大に伴い、自動車や家電分野で米国の保護主義的圧力が高まりました。中曽根政権は輸入促進策を講じ、日米構造協議を通じて不均衡是正を試みましたが、根本的な解消には至りませんでした。背景には1985年のプラザ合意による急激な円高があります。1ドル240円から120円程度へ急騰したことで、国際競争力を失った日本企業は生き残りをかけ、アジア諸国への海外直接投資(FDI)を積極的に拡大しました。

このシフトにより現地では日本資本による雇用と資本投入が増大しましたが、日本から中間財を輸出して現地で組み立てる構造だったため、日本の輸出額は高水準を維持しました。さらに、現地生産された日本ブランド製品が米国へ再輸出されたことで、対米貿易黒字は構造的に継続し、摩擦も収まりませんでした。この時期、日本に続き中国企業もアジアへの投資を始めており、地域内での生産ネットワーク形成が進展し始めた歴史的な転換点となりました。

 

3.トランプ1.0の世界経済

トランプ政権第1期(2018年~2020年)は、オバマ前政権の政策を全面的に否定する方針を採り、その象徴として中国製品に最大25%の高関税を課す米中貿易戦争を展開しました。しかし、この政策は表面的な輸出額の統計に固執しており、現代の複雑なグローバル・サプライチェーンの実態を十分に反映していないという課題を抱えていました。

例えばiPhoneの事例では、統計上は「中国から米国への輸出品」として扱われますが、付加価値の高い企画・開発や主要部品の製造、販売・サービスといった工程の多くは米国や日本、欧州などの先進国が担っています。中国が担当する組み立て工程は、価値創造が最も低い「スマイルカーブ」の底部に位置しており、貿易黒字の数字とは裏腹に、実質的な利益の多くは米国側に還流している構造が見落とされていました。

また、高関税を回避するため、中国企業は生産拠点をメキシコやASEAN諸国へ移転させる動きを強めました。これにより、棚ぼた的に利益を得る国々が現れるなど、意図しない構造変化も生じました。総じて、トランプ政権の貿易摩擦は最終製品の輸出元のみに焦点が当たりましたが、中間財を基軸としたアジアの生産ネットワークを正しく理解しなければ、真の政策効果を評価することは困難です。

 

4.FTAの進展

近年、アジアにおける自由貿易協定(FTA)の枠組みは、広域的な統合に向けて大きく進展しています。

まず、米国離脱後に日本が主導したCPTPPは、英国の新規加入を経て、アジア太平洋を基軸とした先進的かつ広域的な枠組みへと発展しました。一方、ASEANが主導するRCEPは、日本、中国、韓国、豪州、NZが参加する巨大な協定であり、世界のGDPや人口、貿易額の約3割を占める世界最大級の経済圏を形成しています。

こうした市場統合が進む一方で、サプライチェーンの強靱化も喫緊の課題となっています。特に2011年のタイ大洪水は、日系製造業の拠点が被災したことで、グローバルな供給網の脆弱性を浮き彫りにしました。この教訓から、企業は調達先の複数国への分散、二次・三次供給網まで網羅するデータベースの整備、さらに自社拠点間での緊急供給体制の構築といったリスク管理を強化しました。

これらの取り組みは、FTAによる関税撤廃や市場の平準化と相まって、アジアにおける生産ネットワークの再構築と、災害や政情不安に強いサプライチェーンの構築を加速させる重要な原動力となっています。

 

5.アジアの少子高齢化

アジア地域では急速な少子高齢化が深刻な課題です。多くの国で人口維持に必要な出生率2.1を下回り、人口減少と高齢化が避けられない状況にあります。日本は1960年代に出生率が低下し、90年代に高齢社会へ突入した先行事例として注目されています。今後、マレーシアやベトナムなどでも労働力不足と高齢化の加速が予測されており、日本などの経験を踏まえた早期の社会保障制度改革や労働市場の整備が急務となっています。

 

6.トランプ関税について

トランプ大統領が高関税を課した背景には、米国が多額の「財の貿易赤字」を抱えていることへの強い不満があります。彼は黒字であるサービス貿易を軽視し、財の収支にのみ固執しました。また、FRBに利下げを要求し続けたのは、金利を下げてドル安を誘導することで、米国製品の輸出競争力を高める狙いがあったと考えられます。これらは一貫して製造業の保護を最優先した動きといえます。

 

7.日本のなすべきこと

日本が国際経済の変動や社会構造の変化に対応するためには、5つの戦略的取り組みが求められます。

第一に、経済安全保障の強化です。特定国への過度な依存を脱却し、サプライチェーンの多角化を通じて自律性を高める必要があります。第二に、労働市場の改革です。日本のジェンダー・ペイ・ギャップは22%とOECD平均の約2倍に達しており、バイアスの是正が不可欠です。高齢者や外国人も含め、生産性に見合った賃金で平等に参画できる環境整備が急務です。第三に、デジタル基盤の拡充です。AI時代を見据えたインフラ整備と人材育成を迅速に進め、競争力を確保しなければなりません。第四に、多国間枠組みでのリーダーシップです。CPTPPやRCEPを維持し、国際交渉において主導的な役割を果たすことが期待されます。最後に、為替変動や巨大企業への対応です。急激な為替変動を抑えるトービン税的な制度の検討や、国家に匹敵する経済力を持つGAFA等の巨大企業に対する、国際的な規制枠組みの構築が重要となります。

 

■基調提案の概要■

「対立の世紀は乗り越えられるか」
𠮷岡 桂子(朝日新聞コラムニスト・編集委員)

2003年、日中関係が靖国参拝や尖閣問題などで緊張する中、私は朝日新聞の中国特派員として故五百旗頭眞先生に出会いました。対中対話の日本側メンバーであった同氏から授かった二つの教えが、私の記者生活の指針となっています。

一つは、「中国とは競争か共存かの二者択一ではなく、競争しながら共存する道を探るべきだ」という視点。もう一つは、アジアか米国かの選択を問うのではなく、「アジアに位置する日本にとって両者は切り離せないものであり、相反する要素をいかに両立させるかを考えるべきだ」という視点です。

この「両立」を模索する姿勢は、現代の日本が直面する課題への重要な問いかけであり、困難な状況下で多角的に事象を捉えるための不可欠な視座として、今も私五百旗頭先生の教えのとおり、日本は二者択一ではなく、「両立させるためには何ができるか」を問い続け、世界の構図の変化を自覚しながら、中国、ひいては世界と向き合う必要があります。

私は最近、中国が敷設した国際鉄道を利用してラオスに入国しました。ラオスは米中両大国の影響を強く受けており、そこから生まれる日本の役割を浮き彫りにしています。

中国は巨大経済圏構想に基づく国際鉄道整備でラオスに経済効果をもたらした一方、多額の債務を背負わせました。しかし、中国自身も「不良債権の罠」を警戒し、融資を抑制し始めています。一方の米国は、ベトナム戦争時の空爆で世界最多の不発弾被害をラオスに残しました。長らく放置されていたこの問題も、2016年のオバマ政権以降は支援が拡大し、現在は米国が最大の不発弾処理支援者となっています。

東南アジア諸国は、自国の都合で動く米中両国の「身勝手さ」を痛感しています。対立が激化する中、特定の大国に依存しすぎないためのリスクヘッジ先を求めており、特に中国の影響力が強いラオスにとって、日本はその重要な受け皿となっています。

また、米国の政権交代によって支援方針が揺らぐ中、中国が政治的・能力的に関与しにくいヘルス、環境、不発弾処理といった分野で、日本への協力要請が高まっています。米国への信頼が揺らぎ、大国のパワーバランスが変化する世界において、日本がどのように関与し、独自の存在感を示していくかが大きな課題となっています。

米中の経済規模が拡大する中、日本のGDPは停滞していますが、一人当たりGDPでは米国が中国を圧倒しています。この国力差から、中国は現時点で米国との決定的な対立や経済的打撃を避けるとの見方が有力です。

一方、2050年にはグローバルサウスの存在感が米中を凌ぐ規模へ成長し、世界の構図は激変すると予測されます。これらの国々は自国の台頭を見据えて大国を注視していますが、日本には依然として彼らを指導対象と見る認識とのギャップが残っています。

対中感情については、日本国内で親近感を持たない層が9割に達する一方、日中関係の発展を重要視する層も7割存在し、日本人は複雑で相反する感情を抱えています。こうした現状だからこそ、かつての五百旗頭氏の教えにあるように、対立を前提としながらも「いかにうまく付き合い、両立させるか」という視点で、戦略的に関係を構築していく姿勢が求められています。

ASEAN諸国において、中国は最大の経済・政治的影響力を持つと認識されており、米中どちらの陣営に付くかの選択では両国が激しく競り合っています。一方、中国の習近平政権は「国家安全」を最優先事項に掲げ、制度整備や外国人への締め付けを強化しており、日本の研究者が渡航を控えるなど交流に影響が出ています。

中国は2049年までに米国に匹敵する大国となることを目標とし、自らを「グローバルサウスの代表」かつ「世界平和の建設者」と位置づける戦略的なナラティブを展開しています。こうした状況下で、日本には中国に対する「協力と警戒のバランス」を保つ冷静な対応が求められます。

具体的には、歴史的に培ってきた地方、業界、学界などの多層的な個別交流を継続し、日本という国への理解を深める努力が不可欠です。交流は紛争を即座に防ぐ特効薬ではありませんが、隣国としての相互理解の基盤となります。また、経済安全保障の議論を対中国に限定せず、米国一辺倒ではない多極的な視点から、日本が守るべきものを常にアップデートしていく必要があります。かつての経済的優位に基づいた姿勢を改め、自ら東南アジア等の諸国へ足を運び、相手の事情を深く理解した上で「相手に響く言葉」で対話を重ねること。変容する世界情勢の中で、多角的な視点を持って主体的に関与していく姿勢が、今の日本に問われています。

 

「日本社会とジェンダー:女性を活かさない社会に未来はない」
上野 千鶴子(東京大学名誉教授・認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長・上野千鶴子基金代表理事)
1.日本女性の労働の現状

日本のジェンダーギャップ指数は118位と低迷しています。主な要因は女性管理職の少なさにあり、稼げる地位に就けていない現状があります。女性就業率は7割を超え欧米を上回りますが、その実態は男性の賃金停滞を補うための共働き世帯の増加です。労働参加は進んだものの、質的・経済的な格差が依然として残っています。

 

2.働く女性の6割近くが非正規雇用

働く女性の約6割が非正規雇用であり、出産等での離職後に正社員復帰が難しい「L字型」の雇用構造が課題です。非正規の賃金は正規の半分から3分の2程度と低く、合理的な理由のない「身分格差」が生じています。コロナ禍ではこの格差が直撃し、非正規の多い女性が「災害弱者」となる矛盾が浮き彫りになりました。

 

3.階級のジェンダー化

日本では過去40年で、若年・単身者を中心とした膨大な「アンダークラス」が誕生し、ジェンダーが階級構造として機能しています。これは男女平等法制に実効性がなかったことと、雇用の規制緩和が同時に進んだ「人災」です。女性を構造的に排除する仕組みが定着しており、ジェンダーが格差の根源となっています。

 

4.女性の3層分解

1985年は均等法と同時に派遣法や第3号被保険者制度が成立し、女性の格差と貧困の起点となりました。配偶者控除等の制度が女性を「家計補助的労働」に縛り付けた結果、低賃金と低年金による高齢女性の貧困を招きました。この構造は、女性を労働力やケア要員として3層に分断して統治し、「男性稼ぎ主モデル」を維持するための仕組みであり、現代に続く深刻な構造的問題を浮き彫りにしています。

 

5.性差別は政治がもたらした人災

日本型雇用(終身雇用・年功序列)は、構造的に女性を排除する性差別的な仕組みです。1995年に日経連が提唱した「新時代の日本的経営」は、労働者を3グループに分断して非正規雇用を拡大させましたが、これは政財官労の「男性同盟」による既得権益維持のための失政といえます。この性差別による「女性の意欲と能力の棄損」という外部不経済が、現代の日本企業に大きなツケとして回っています。ホモソーシャルな組織文化を優先した結果、多様性を欠いた日本企業は国際競争力を失いました。GDPでドイツに抜かれるなどの経済停滞は、過去40年間にわたる構造的な女性排除が招いた必然的な結果であると分析されています。

 

6.再生産費用の分配問題

女性の労働力化に伴う「ケアの責任」の解消には、北欧の公共化、欧米の市場化(移民依存)、アジアの祖父母依存という3つの選択肢がありますが、現在の日本はそのいずれも選べない袋小路にあります。高負担への合意が難しく、移民受け入れも進まず、核家族化で親戚の支援も得られないため、あらゆる負担が女性に集中しています。この「再生産費用の分配問題」の未解決こそが、日本や韓国、そして家族によるケアに依存する南欧諸国に共通する低出生率の根源です。日本では女性就業率が7割を超える一方で出生率は低迷しており、ケアの責任を家族(女性)に閉じ込める「男性稼ぎ主型」モデルの限界を露呈しています。結局、再生産の負担が解消されないまま女性が労働市場に駆り出されることで、ジェンダーが格差構造を固定化する階級として機能してしまっているのです。

 

7.日本はこれからどこへ向かうか

家族形成コストの増大による非婚化が、アジアの低出生率の主因です。打破には、高負担を伴うケアの公共化か、排外主義を乗り越えた市場化(移民受け入れ)か、痛みを伴う大きな政治的決断が不可欠な局面にあります。

 

「震災30年の復興を振り返り、これからの災害に備える」
室﨑 益輝(神戸大学名誉教授)
1.わが国の現状について

阪神・淡路大震災から30年、日本経済の停滞と政治情勢の変化により、被災者への公的資金投入に消極的な風潮が強まり、復興の大きな障壁となっています。

現代の復興は、高齢化率が5割に達する能登半島のような「超高齢社会」特有の課題に直面しており、建設職人の激減といったリソース不足による遅延も避けられません。また、当時の尽力者の逝去に伴い貴重な経験知が散逸しつつあり、震災の教訓である「相互信頼」も社会文化として定着しきれていないのが現状です。地震保険や共済の加入率低迷に象徴される「風化」は、助け合いの理念を社会実装できていない証左であり、30年の節目に復興のあり方を根本から再考することが求められています。

 

2.教訓を見直す視点について

阪神・淡路大震災から30年を経て、教訓を再定義するには「被災地責任」「自省的検証」「社会的変化」「複眼的視野」の四つの視点が不可欠です。特に、能登半島地震で教訓が生かされていない現状は、成功だけでなく失敗体験も伝えきれなかった神戸側の責任として真摯に受け止めるべきです。復興の停滞を被災地のローカルな問題に矮小化せず、資金投入に消極的な日本社会全体の構造的課題として捉える広い視野が求められます。

時代を超えて継承すべき普遍的な教訓は三点に集約されます。第一に「減災」の哲学です。これは単なる被害軽減に留まらず、人間の傲慢さを戒め、ゼロリスクを追わずに多様な選択肢を比較検討する姿勢を指します。第二に「連携協働」です。行政主導を脱し、多様な主体が横に繋がる社会システムへの移行が重要です。そして最重要の第三は「人間復興」です。避難所の設備といった物理的な基準の議論に終始するのではなく、一人一人の人権を最優先に据えるという理念こそが、復興の根底にあるべきです。これらの教訓を社会実装し、次世代へ繋ぐことが私たちの責務といえます。

 

3.人間の安全保障と複合化する災害への対応

人間復興の本質は、あらゆるリスクから人を守り、自立を促す「エンパワーメント」にあります。非常時と日常を分けず、防災・福祉・教育等を一体で捉える「防災福祉」の視点が不可欠です。これは災害で露呈した社会の歪みを正す「ビルド・バック・ベター」の理念にも通じます。創造的復興とは、単なる復旧ではなく、社会そのものを質的に変革し、一人ひとりの人権を守る仕組みを築くことです。

 

4.自然の凶暴化と災害の進化

地球温暖化で山火事や洪水が激甚化し、感染症との複合災害も進化しています。環太平洋のプレート境界型地震の活発化は南海トラフ地震とも構造が酷似しており、災害が巨大化・複雑化する時代を迎えました。私たちは絶えず変化する自然の脅威に直面しています。

 

5.明日に向かっての課題:防災の進化と枠組みの再構築

災害が巨大化・複雑化する中、日本の防災は30年前から停滞しており、抜本的な進化が急務です。

まず、地域住民の結束のみに頼る「ボンド型」から、多様な人々が繋がる「ブリッジ型」へコミュニティを転換すべきです。対策も耐震補強等の個別施策に留まらず、教育向上や男女共同参画の推進といった公衆衛生的な発想を基本に据える必要があります。また、一律の物資供給を改め、アレルギーや国籍など被災者の多様性に即した個別対応を徹底しなければなりません。

さらに、住宅再建の遅れが関連死を招いている現状を猛省し、世界最低水準のスピード感を改善することが不可欠です。国民の寄付意識の低さも課題であり、死者最大30万人とされる南海トラフ地震への備えが10年前から更新されていない現状に強い危機感を持つべきです。

行政任せを脱し、市民が主体となる「自助・共助・公助」の掛け算を再構築すること。このコミュニティ再編こそが、進化する災害から命を守る鍵となります。

 

■分科会の概要■

第1分科会 「変容する国際秩序に向き合う」
報告者 梶谷 懐 (神戸大学大学院経済学研究科教授)

第1分科会では、対立が深まる世界秩序における日中関係をテーマに、三つの主要な論点が提示されました。

第一に、中国を「一枚岩」と捉えず、政権とは異なる多様な考えを持つ人々との対話の重要性が指摘されました。中国の研究者からは、冷戦期とは異なり現在は多様な情報へのアクセスが可能であるため、内部の多様性を認識すべきとの意見が出されました。

第二に、国際対立と国内分断の連動性です。日本国内でも排外主義的な言説が広がるなど、内なる分断が対立を助長している側面が議論されました。

第三に、テクノロジーが世論や民主主義に与える影響です。SNSと既存メディアの対立構造が日中双方で生じており、これが秩序構築の新たな課題となっています。

また、対立克服には日本の経済的強靭化が必要であるとの意見には賛同が集まる一方、外国人受け入れや選択的夫婦別姓といった具体的な手段では国内の意見が割れるという、日本の構造的課題も浮き彫りになりました。本議論は、日中関係を考える上で、相手国の内実への理解と自国社会の変革を同時に問う充実した場となりました。

 

第2分科会 「包摂(ジェンダー)」
報告者 窪田 幸子 (学校法人芦屋学園芦屋大学長、神戸大学名誉教授)

第2分科会では、上野千鶴子氏が提示した日本のジェンダー格差の深刻な実態を受け、多様な視点から今後の進むべき道が議論されました。

最大の論点は、ケアワークの負担解消と社会構造の変容です。女性の負担を減らすために移民労働力を活用すれば、低賃金労働に依存する階層社会が出現する懸念があり、国内で高まる外国人排斥の動きとどう向き合うべきかという重い課題が示されました。また、議論を通じて浮き彫りになったのが、成功した男性層と女性たちの「危機感のギャップ」です。現状を「概ねうまくいっている」と捉える男性側の認識に対し、現実には女性が妻・母・介護の三重苦を避けるために結婚を選択せず、男性も低賃金から家族形成を諦める事態が進行しています。日本社会は今、「全員が結婚しない未来」という崖っぷちに立たされているとの認識が共有されました。

具体的な打開策については、逆差別の批判を恐れずクオータ制や女性優遇策を徹底して進めるべきだという意見が出されました。さらに、基本的な人権としての選択的夫婦別姓の実現は、日本のジェンダー意識の低さを象徴する壁であり、早急に達成されるべき課題として挙げられました。

上野氏の「やれることは全部やる」という言葉に象徴されるように、特効薬がない中で、制度改革と意識変革の両面から攻める姿勢が強調されました。立場や意見の異なる参加者が、日常に根差したジェンダーという難問に対し、当事者意識を持って議論を交わした点は極めて有意義であり、日本社会の構造を変えるための「痛み」を伴う決断の必要性が改めて確認された場となりました。

 

第3分科会 「震災における協調」
報告者 片山 裕 (神戸大学名誉教授、京都ノートルダム女子大学名誉教授)

第3分科会では、阪神・淡路大震災の教訓が能登半島地震で十分に生かされなかった現状への強い問題意識から議論が始まりました。

まず、震災後に共有されたはずの知見がなぜ継承されなかったのかという点に関し、被害が想定される地域での「事前復興計画」の重要性が議論されました。南あわじ市のように、強い危機感を背景に若手研究者が主導して計画を策定し、成功を収めた事例がある一方で、多くの組織では課題が山積しています。例えば、企業に策定が広がるBCP(事業継続計画)は、形式的には完璧でも実態が伴わない「うわべだけ」のものに陥っています。これは企業側の危機感の欠如が原因であり、地域社会においても高齢化の進行によって、避難計画を策定・共有するためのコミュニティ機能自体が麻痺しつつある深刻な実態が報告されました。

また、国際的な視点では、日本の経験を吸収した台湾や中国が、DXの活用や国家レベルの組織編制(防災省の設置など)を通じて、日本を凌駕する防災体制を築いている現状が示されました。対照的に、日本は防災庁の設置すら進まず、こうした停滞の背景には、総合的な国力や経済力の低下があるのではないかという悲観的な見方も示されました。

しかし議論の終盤、参加していた若手女性から「明るい兆し」が提示されました。現在の若者は決して内向きではなく、防災への関心も高いこと、そして「世界寄付指数」で首位のインドネシアから学ぼうとするような、フラットで開かれた姿勢を持っていることが紹介されました。日本の停滞という厳しい現実を直視しつつも、旧来の枠組みに捉われない若手の行動力に、これからの防災・減災の希望を見出す形で議論は締めくくられました。

 

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