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HATコラム

人と防災未来センター上級研究員 中林 一樹

1947年生まれ
東京都立大学工学研究科建築学専攻修士課修了 博士
明治大学政治経済学研究科・危機管理研究センター 特任教授
(公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構 阪神・淡路大震災記念
人と防災未来センター 上級研究員

日本は地震の活動期に入っている。1995年の兵庫県南部地震(M.7.3)は我が国初めての震度7を記録した都市直下型地震であり、全壊10万5千棟、全焼7千棟、直接死5千5百人、その被害の激烈さから災害の名称として阪神・淡路大震災と命名された。2004年、二度目の震度7となったのが新潟県中越地震(M.6.8)で、全壊3千2百棟、中山間地域を襲った農山村型地震災害となった。そして2011年3月11日、日本の観測史上最大のM.9.0の東北地方太平洋沖地震が発生し、下北半島から房総半島まで600kmの沿岸地域に津波が襲い、断続的に火災も発生して、全壊・流出・焼失12万棟、直接死2万人にも達する巨大災害は、東日本大震災と命名された。

阪神・淡路大震災では、災害・応急対応から避難所対応期が6ヶ月、応急仮設住宅での復旧生活期を5年、そして「創造的復興」を掲げて災害直後から取り組んだ復興は、震災から2ヶ月目に復興の基盤としての市街地の復興計画を都市計画決定し、半年後の復興基本計画を策定して進められた復興には10年以上を要した。

中越地震では、避難所対応期に2ヶ月、応急仮設住宅での復旧期が3年弱でなしとげ、3+3+4年の10年間の「創造的復旧」を目標とした復興は、半年後の自治体の合併そして豪雪からの雪解けとともに本格化し、基本的復興を6年間で達成した。

東日本大震災は、地震動災害である阪神・淡路大震災や中越地震とは異なる津波災害で、その被害の激烈さは、住宅を壊滅的に破壊流失させ、直後には1万8千人にも達する行方不明者を発生させてしまったのである。同時に、いくつかの自治体では役所の流失を含めて行政機能・医療機能・経済機能・交通機能とともにライフラインの全てを奪われたのである。行方不明者の捜索は、初動期の災害対応に長い時間と多くの人員を必要とし、当初50万人ともいわれた避難所対応は6ヶ月を過ぎて、目標とした応急仮設住宅の建設はようやく終盤を迎えた。復興への取り組みは、津波で壊滅的に被災した市街地や集落の復興の基本方向として、被災した市街地での現地復興を基本とした阪神・淡路大震災とは異なり、被災した市街地や集落から高台への移転復興の可能性の追求であるために、加えて、激甚な被災地では職員の被災とともに資料等も喪失して行政機能が大きく低下しているために、復興計画策定への取り組みに長い時間がかかっている。

それのみならず、津波による福島原子力発電所の被災と損傷事故とそれへの対応という未曾有の課題への対応を余儀なくしている国家政府は、国政の不安定な状況のもとで、復興への財源をはじめとする災害対応の政策的枠組みが不透明のまま経過し、復興への歩みを遅らせる要因となっている。

都市型災害の阪神・淡路大震災とは比べようもない、広域巨大複合災害となった東日本大震災の復興は、自治体によってさまざまな復興への取り組みとなっている。すでに復興計画を策定した自治体から、半年を経てこれから復興計画の策定を始める自治体、さらに放射能汚染からの復興を余儀なくしている地域では、従来の災害復興とは異なる地域復興計画への取り組みとなろう。

人と防災未来センターからの復興支援として、筆者は南三陸町の復興策定会議の委員を務め、9月18日に復興計画案を決定した。町民の8割の居住地域が津波浸水区域となり、町民の6割が自宅を失い、役場も壊滅してしまった状況からの復興への取り組みとなった。南三陸町震災復興計画(素案)は、被災前に総合計画で掲げていたまちづくりの理念を継承し、「『自然・ひと・なりわいが紡ぐ安らぎと賑わいのあるまち』への創造的復興」を復興の基本理念として、三つの復興目標「安心して暮らし続けられるまちづくり」「自然と共生するまちづくり」「なりわいと賑わいのまちづくり」を、「まちと地域が力を合わせ協働で取り組むまちづくり」「町の主体性を堅持し国・県と連携して進めるまちづくり」として推進する構成となった。

人口減少時代に向かう日本、高齢化が進行を早めている日本、予定調和が期待できない時代の災害復興は、長い道のりの取り組みとなろう。しかも、予定調和が期待できないということは、災害対応期に引き続く応急復旧からの復興過程のプロセス管理が、極めて重要であるということである。被災地では、地域の機能が喪失していることは被災者の仕事が喪失していることに他ならない。復興の主体である町民・市民の自立した取り組みこそが、復興への原動力である。しかし、被災地の現状は厳しい。復興計画で示した目標に向かって、「復興への長い道のりを確立する」こととは、応急復旧期に「地域経済活動の立ち上がりを支援し、地域に多様な雇用の場を確保していく」ことであり、「仮設のまち」づくり(仮設市街地づくり)こそが、長い復興への道程の礎であろう。