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HATコラム

東日本大震災と殉職

兵庫県こころのケアセンター副センター長 加藤 寛

1958年生まれ
神戸大学医学部卒業
医学博士
兵庫県こころのケアセンター副センター長・診療所長

殉職とは業務遂行中に、不慮の死を遂げることで、主に消防隊員、警察官、自衛官、海上保安官などの災害救援者に対して用いられることが多い。ちなみに「殉」という漢字は、古代の中国で主君が亡くなった時に家臣が殺され、主君の遺体の周りに埋葬されることを意味しており、兵馬俑はその故事を象徴しているとされる。災害救援者以外でも、大規模な工事などでの労災死も殉職と呼ばれることがあり、黒部ダム工事では171人、東海道新幹線の敷設工事でも210人が亡くなっている。

東日本大震災が阪神・淡路大震災と大きく異なる点の一つは、殉職者の多さである。発生時刻が平日の昼間の時間帯であり、地震から津波襲来までの時間に、防災マニュアルどおりに防潮堤や水門を閉めたり、住民の避難誘導や情報収集などにあたったりした多くの人たちが亡くなった。消防隊員・消防団員262名、警察官25名、自衛官2名のほかにも、役場の職員、教職員、医療機関や介護施設の職員などを含めると、数百人の尊い命が奪われた。

災害救援者が業務を通して経験する心的外傷(トラウマ)体験を、惨事ストレスという。生命の危険を感じる現場活動、悲惨な遺体を扱うこと、過酷な環境での作業などが、その典型的な状況であるが、同僚の殉職はとりわけ大きな影響を、現場に居合わせた同僚のみならず、職場全体に大きな影響を及ぼすことが知られている。  

消防白書によれば、消防隊員の場合おおむね5,6人が年間に殉職している。2011年を除けば、この10年間でもっとも多いのは2003年で、 これは兵庫県内で5人が亡くなっているからである。この年の6月、神戸市西区の民家火災で住民の検索のため鎮火した家屋に侵入した救助隊員らが4人、12月には西宮市で商業施設の火災現場で救助隊隊長が、相次いでなくなった。私は両方の事故後に、それぞれの消防本部の依頼を受け、仲間を失った消防隊員たちの面接を行った。そこで感じたのは、組織が職員を労い、そして殉職者をきちんと弔うことの重要性であった。たとえば、神戸市の 事故では、過失の有無を警察が捜査している状況であったが、幹部の一人が事故から数日後の記者会見で、「現場の判断ミスではないか」との辛辣な質問に対して、即座に「自分は、過失があったとは思っていない」ときっぱりと言い切ったことが、現場隊員の大きな支えになったと多くの隊員が述べていた。このことを通して、職場が職員を守るという姿勢の重要性を痛感させられた。こうした態度は、一人一人の隊員の適応力を上げるだけでなく、職場全体で危機を克服しようとする力を発揮させる。  

総務省消防庁は大災害や殉職事故などのように、活動した隊員たちが心理的に大きな影響を受ける可能性がある場合に、精神科医や臨床心理士を派遣する制度(緊急時メンタルサポートチーム)を以前から運用している。私はそのチームの一員として、今回の震災で殉職者が出た宮城県内の二つの消防本部に派遣された。これとは別に、岩手県からの要請で3カ所の被災した消防署を訪れた。ほとんどの署では、大切な車両、機器、そして消防署そのものまでも失っており、全国各地の消防署が置いていった他の地域名が入った車両が、ずらりと並んでいるところもあった。殉職だけでも職場を危機に陥れる一大事なのに、何もかも失っている状況に、私は何を話していいのだろうと途方に暮れてしまった。それでも阪神・淡路大震災や兵庫県内で起こった殉職事故の状況を例に挙げながら、惨事ストレス対策は職場全体で取り組んでほしいことを話した。たとえば、殉職者を弔うことはとても重要で、できれば職場としての葬儀か、せめて遺影を飾ることはできないだろうかと提案した。それに対して、弔いをしたいのは山々だが、消防隊員だけでなく役場の人も、消防団員もたくさん亡くなっていて、消防士だけを特別扱いするわけにはいかないとか、今は体制を整えることが至上命令であってそんな余裕はないという意見が多く返ってきた。しかし、亡くなった人や遺族のためだけでなく、生き残った人のためにも、そうした配慮は大切なのですよというと、少しは理解してもらえたようだった。その後、いくつかの消防署では独自に慰霊式をしたという話しが伝わってきた。また、毎年行われている全国殉職者慰霊祭が、昨年は東日本大震災で亡くなった方を特に弔う式典として挙行され、退院されたばかりの天皇陛下がご出席になったことは、多くの遺族にとって本当に慰められることだったであろう。社会全体が、救援者を労うことを、忘れてはならない。