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HATコラム

「わが国の防災法制度の根本的欠陥」

河田 惠昭(人と防災未来センター長)

河田 惠昭(人と防災未来センター長)

1946年生まれ。
関西大学社会安全学部 社会安全研究センター長・教授。工学
博士。京大防災研究所長、日本自然災害学会および日本災害情
報学会会長を歴任。京都大学名誉教授、中央防災会議防災対策
実行会議委員、(公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構 副理
事長、阪神・淡路大震災記念人と防災未来センター長

わが国の2014年夏は、各地で異常な天候に見舞われた。そもそもの原因は、地球温暖化の影響を受けて、結果的に太平洋高気圧が勢力を大きくできなかったことにある。例年であれば、盛夏には中心気圧が1,050hPaに発達するのに対し、1,010hPaくらいにしかならなかった。そのために、いつもなら9月から10月にかけてまず日本海に出現する秋雨前線が、今年は8月の中旬に形成され、そこに低気圧や台風から暖かくて湿った空気が供給されたので、全国各地で大雨が降った。

8月20日未明に広島で発生した土砂災害は、不幸な例となった。午前1時すぎから雨脚がひどくなり、午前4時までの3時間で総雨量200㎜を超える豪雨が、広島市安佐南区と安佐北区を襲ったのである。これによって50カ所以上で土石流が発生し、70余名の死者・行方不明者が出る局地大災害となった。広島市は15年前の1999年6月29日にも集中豪雨に見舞われ、31人が土砂災害で命を失っている。

この災害がきっかけで、2001年4月から通称"土砂災害防止法"が成立・施行され現在に至っている。わが国には50万カ所を超える土砂災害警戒区域が存在するが、未認定あるいは対策未実行区域が甚だ多く、今回のような悲劇が繰り返されるのである。成立した当時、ハード対策とソフト対策を組み合わせた画期的な法律であると、関係者の喝采を受けたものが、その実効性を発揮できないのは、一体どのような理由があるからなのであろうか。

まず考えなければいけないことは、雨さえ降り続けば、どのような斜面でも滑る危険性があるということが常識になっていないことである。このことは、土砂災害警戒区域とか特別警戒区域に指定されなければ、土砂災害は起こらないと錯覚することにつながる。今回の被災地がまさにそうであった。法律の趣旨からいえば、当然指定されるところが、その作業が、あまりの対象区域の多さと地価が下がるという住民の抵抗に遭って、遅れると同時に、そこに住む広島市民は50年から60年も土砂災害を経験していないから安全と誤解していた。

これは、法律を適用しようとする行政側と適用される住民側との間のミスマッチと片付けられることであろうか。筆者はそうでないと思う。土砂災害に限らず、防災に関係した法律は、ほとんどすべて"対処療法"的なものに終始している。それは、短絡的には、1961年に施行された災害対策基本法の精神に端を発しているといえる。この法律は、「二度と同じ被害を繰り返さない」という考え方に立っている。言い換えれば、被害が発生しない限り、対策は先行して実施しないという法律なのである。

そこには、実は、根が深い事情が存在している。日本と英国を比較する形で論考してみよう。彼の国では、1666年ロンドン大火があり、シティの85%が焼失した。ロンドン市政府は、二度と大火を繰り返さないという再建法を翌年制定し、1)建物が道路に面している場合、木造建物は禁止、2)道路の最小幅員を設定、3)火災保険制度の発足、などの抜本策を採用した。以来、この大火を上回る市街地火災は発生していない。産業革命以前であるから、イギリス全土は鬱うっ蒼そうたる森に覆われ、住宅は木造が基本だった時代の法律である。

一方、同時代にわが国でも江戸で同じような大火が起こった。1657年の明暦の大火、通称、振袖火事である。江戸市中の大半が焼失した大火後、幕府は大名火消で足らないので、旗本による定火消、それでも足らなくて、まち火消の発足へと消防制度を拡大する。この間、広域延焼しないようなまちづくりや種々の規制は、ほとんどなされていない。だから、火事は江戸の名物になったほか、近代に入って人口が急増した地方都市でも大火が発生するようになる。それは、江戸初期から1976年の酒田大火まで何と約400年間も続くことになるのである。

なぜ、抜本策を講じないのか。それは政府に"勇気"がないからである。いや、政府以前に国民に勇気が欠けているからであろう。そもそも何かが起こったときに、根本の原因を何とかしようとするモチベーションがわが国にはどうも欠けているようである。これがひいてはわが国の民主主義が成長しない大きな原因であるように思えてならない。対処療法は、最近成立した南海トラフ沿いの地震と首都直下地震を対象とした特別措置法や、国土強靭化基本法に顕著に表れた防災・減災分野の立法措置に反映しているだけではない。福島原発事故後のエネルギー政策、集団的自衛権のような国の安全保障のあり方、東京一極集中への対処などに色濃く表れている。この"社会のほころびを繕う"ような法律の展開で抜本的な方向性が出てくるわけがない。その狭間で、災害先行型の時代がこれからも続くことを大変憂慮している。