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HATコラム

減災、復興、創造・・・改めてその意味を問い直す

阪神・淡路大震災記念 副理事長兼研究調査本部長 室﨑 益輝

室﨑 益輝
副理事長兼研究調査本部長


1944年生まれ
京都大学大学院工学研究科修士課程修了。工学博士
ひょうごボランタリープラザ所長
兵庫県立大学特任教授・神戸大学名誉教授
(公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構 副理事長兼研究調
査本部長

阪神・淡路大震災の教訓として、「防災ではなく減災」ということが強調される。阪神・淡路大震災のような巨大災害には、被害をゼロにしようとする「防災」ではなく、少しでも減らそうとする「減災」の考え方で、災害に向き合わなければならない。「大きな自然に対して小さな存在である人間は、災害を力任せに抑え込もうとしてはならない」というあるべき姿勢が、減災という言葉には込められている。傲ごう慢まんさを捨て謙虚な気持ちで自然に向き合わないといけない。身の丈に合った対策をコツコツ積み重ね、少しずつ被害を減らしていく取り組みこそが、大きな自然と共生を図るうえでは欠かせないのである。

コツコツと積み重ねるということは、対策の足し算で被害の引き算を図ることに他ならない。この足し算には、人間の足し算、空間の足し算、手段の足し算などがある。人間の足し算では、行政だけではなく企業やNPOを含めた多様なセクターが連携することが求められる。空間の足し算では、都市構造レベルの取り組みとコミュニティーレベルの取り組みとが融合することを求められる。手段の足し算では、ハードウェアにソフトウェア、さらにはヒューマンウェアを足し合わせることが必要となる。減災は「合わせ技」を求めているのだ。

その足し算で忘れてはならないのが時間の足し算である。被害を軽減するには、応急対応だけでは駄目で、予防対応、復興対応も欠かせないということだ。救助や消火といった直後の応急対応が、被害軽減に欠かせないことは言うまでもないが、事前減災としての予防対応、事後減災としての復興対応も減災には欠かせないのである。これに関わって「減災のサイクル」という言葉が使われる。この言葉は、予防から応急、応急から復興、復興から予防という連続性を大切にして、それぞれのフェーズで被害軽減に努めることを求めている。

ところで、阪神・淡路大震災で学んだのは、減災のサイクルの中で復興が極めて重要な位置にあるということであった。第1に、復興対応は応急対応を継承して、被害の緩和を図る役割を担う。第2に、復興対応は予防対応を先取りして、被害の抑制を図る役割を担う。それだけに、減災という視点から、復興に力を入れなければならないのである。事後ケアでは、被災者の苦しみを軽減するということで、生活再建や経済再建への取り組みが求められる。また、事前ケアでは、同じ悲しみを繰り返さないためにも、被災基盤の解消に取り組むことが求められる。

さて、復興には次の災害に向けての安全社会をつくることが求められるが、防災施設や防災組織を整備するだけでは十分でない。「小さな減災」という課題に加えて「大きな減災」という課題があるからだ。大震災は、被害をもたらすとともに社会の矛盾を顕在化させた。高齢化社会の歪ゆがみや環境破壊の誤りを、私たちに教えてくれたのだ。となると、その社会的な歪みに向き合い、その改善を図ることも復興では欠かせない。この社会の歪みに立ち向かうことを、私は大きな減災と呼んでいる。自然との環境共生を図ること、自律コミュニティーを育むこと、歴史文化を継承することは、安全と密接に関わっているからだ。

この大きな減災を図ることこそが、当時の兵庫県知事であった貝原俊民さんが提唱された「創造的復興」そのものである。時代に合わなくなった20世紀文明の未熟さから決別し、新しい価値観を持った21世紀文明の創造を図るというのが、創造的復興の本意であった。そこでは、大量消費型社会、ハード至上主義社会、経済優先社会からの脱皮あるいは昇華が目指されていた。創造は、新しい価値を生み出すことであり、過去の弊害を克服することで、量よりも質を問うものである。それが、現実には曲解され悪用され、単なる量的拡大を求める口実に使われている。いま一度、復興のあるべき姿を問い直す必要があろう。

この大きな減災や創造的復興は、「世直し」というべきものである。立て直しはほぼ完了したが、この世直しは終わっていない。20年を経過した今、次の備えとしての予防につなげる復興、未来の社会づくりとしての新たな価値観を生む復興は、いまだ道半ばである。この意味で、私は復興は終わっていないと思っている。大災害からの復興はエンドレスかもしれない。